粉砕骨折したヒザが痛いのに入院や手術の知識が皆無すぎて困り果てた31歳起業家の話。

5月初旬に全力で走っている最中に転び、左膝の皿を4つに割りました。それによって21日間の入院生活と、手術、松葉杖生活をし、今もリハビリを続けています(完治は一年後以降の予定)。
 

入院、そして手術は、一般人にとってなかなか得難い経験。言葉を選ばずに書くと、病気で苦しんでいたり、障害で悩まされていたりする人にとっては入院や手術は身近なものかもしれませんが、若い人ほどその機会は少ないでしょう。入院しなくてはならない、手術を受けなければならないとなったとき、今回の私には知らないことが多すぎました。ただでさえケガの箇所が痛くてしんどいのに、情報不足からくる不安でストレスは増す一方になりました。
 

なかなか見つからない病院

 

今思うと、ヒザのお皿が4つに割れていたのに骨折かどうか自分がわかっていなかったのは、滑稽な話なのですが、怪我した当日はそのまま仕事に行きました。仕事を最低限終えて、病院に向かおうとするも、歩くのはもちろん無理。膝を曲げるのも痛い。片足ケンケンで移動したくても、その振動で痛くて無理。痛みで全く足を動かすことが出来ませんでした。
 

ただ、動かさなければさほど痛みはなかったので、自分で日曜日にやっている病院を探してみましたが、ここでいきなり困りました。豊島区(行政)に掲載されている病院数は多くない上、日曜日にやっている近場の整形外科がありません。具体的に言えば、検索を続けると近場でやってそうな病院がヒットするのですが、電話してみるとかからなかったり、整形外科は担当していないと言われたり。詰まるところ全然見つかりません。
 

救急車を呼べばいいじゃないか!という話ですが、可能なら自分で病院を見つけ、かつその病院の評判も吟味して行きたかったのです。おそらく諦めて救急車を呼んだとしても病院探しは進展ありません。呼ばれた救急車が同じように、一軒一軒受入病院を探すだけです。東京都は病院の数は多いですが、人口比の病院数では全国の中でかなり低ランクであり、たらい回しになる可能性が高いです。このあたりは、かつて地域活性に関わり、地域を調べていた事が役立ちました。
 

(余談ですが、救急車たらい回し問題は病院の努力不足ではありません。人口比に対する病院数が少ないのと、社会保障費がかかりすぎている点。加えて気軽に大学病院に行きたがる市民意識のせいです。)
 

くじけずに電話をかけ続けると、なんとか受け入れ可能な病院に連絡がつき、仲間に付き添ってもらって病院に行きました。5階建の中規模(?)病院で緊急対応もしている病院でした(診療所よりも大きく、大学病院よりも小さいです)。
 

なかなか始まらない診察

 

病院が見つかってホッとしているのも束の間、こちらは人生初の大事件を抱え、痛みに耐えつつ診察を待っているのですが、なかなか始まりません。病院は休日診療を少ない人数でギリギリで回しているようでした。
 

「え?放置?こんなところで放置されて痛みに耐えなさいは、精神的にも地味にしんどいなあ」と思いながら待ち時間を過ごしました。やっとこさ「広瀬さん」と名前が呼ばれた時は涙が出そうなくらいホッとしました。
 

ヒザのお皿が4つに割れた左足。両足のヒザを比べると、腫れが分かると思います。
ヒザのお皿が4つに割れた左足。両足のヒザを比べると、腫れが分かると思います。

 

治療方法を選べと言われても、急に決断なんて無理!

 

レントゲンで撮影すると見事に4つに別れた骨が分かりました。左膝蓋骨(しつがいこつ)骨折というそうです。どういう状態か説明を頂いた後、治療方法を選ばなければなりません。
 

今回の私の場合は2パターンからの選択です。
 

①手術をして骨を針金で固定。9カ月後以降再び手術で針金を抜く。

メリットは、早く膝を曲げることが出来、リハビリも早くできる。ギブスから早く解放される。デメリットは、手術代と手術リスク。手術代金は開いてみて詳細の値段が決まる。これは、手術前の推測で、保険抜きだと60万円、前後10数万円というお話でした。感染症などにかかることが0.1%かもしれませんがあり得ます。最悪死ぬ可能性も0.0001%だろうがあります。
 

②ギブスにて長期間固定(少なくても1カ月半以上)。その後様子を見ながらリハビリなど。

メリットは手術代と手術リスクがなく、デメリットは数ヶ月単位で膝を曲げられない。曲げると骨折した骨がどんどん分離していく。これだと、膝を曲げられないので、リハビリがなかなか出来ません。数ヶ月単位で筋肉が衰えて、かつ膝が固くなっていくようです。手術を受けなくて済みますが日常生活は過酷なものになるかもしれません。
 

私は、この情報だけでは判断できないと考えました。要するに判断するだけの基準がありません。頂いた情報も1人の医者からのみで、他の医者が見たら別の判断をするかもしれません。この病院の治療の質も分からなければ、対面している医者の能力も不明です。手術は、確率がものすごく低いかもしれませんが、死につながるかもしれないと思うとゾッとします。起業家っぽく、経営的観点から見ると、発生頻度は低いリスクだが、一度起こると重大なリスクを抱えていると言ってもいいかもしれません。
 

自分以外の意見や情報ってホントに大事。

 

家に帰れるような状態ではなかったので入院しながら、返事を少し待ってもらうことにしました。しかし、返事が長引くと手術日も先になってしまうので、ゆっくりは出来ません。

 

手術を決めるまで、4つの行動を一両日中に行いました。
1,セカンドオピニオン(理学療法士)の確保
2,サードオピニオン(診療所の医者)の確保
3,症状とそれに対する手術方法をネットで調査
4,病院と医者の情報をネットで調査
 

私の弟が理学療法士だったのは本当に幸運でした。さっそく弟に来てもらいセカンドオピニオンを確保し、翌日には彼の勤める診療所の先生の意見(サードオピニオン)も頂き報告を貰いました。どちらも主治医とほぼ同じ判断で、この時点で私は手術を決めました。
 

あとは病院と主治医の手術の腕が確かかどうか?私自身それを信じられるか否か?でした。病院に関しては、普通の病院より手術数が多いことがわかり、緊急受入もしていることから手術数が多い病院だとわかりました。割合からすれば、医者の数が(大学病院ほど)多いわけではないので、一人一人の経験数は多いはずだろうと推測できました。
 

主治医の情報は出てきませんでしたが、年代で言えば経験も積んで身体的にも問題の少ない脂の乗った時期だと判断。診察時の対応も過不足ない適切な対応だったので、以上をもって、この病院と主治医は信頼できると判断。ここで手術することを決めました。実際に手術やその後の対応を見ると、私はこの病院で手術をしてよかったと思っています。
 

今回の経験を通じて、情報不足によって自分の決断に自信が持てなくなると不安に苛まれるということです。入院や手術は自分にとって初体験。初めてだと何を考えねばならないかさっぱりわかりませんでした。場合によっては生死を問う決断になるのにも関わらず、幾らでも不安は出てくるうえに、決断のタイムリミットは迫ってきます。
 

ケガを防ぐという事前対応は無理だった今回ですが、冷静に振り返れば、入院や手術に対する情報把握という意味での事前準備は決して無理ではないと感じました。人脈も駆使しながら情報の収集や分析が出来ること、医療機関の前提情報を知っていたこと、生きづらいひとたちと交流があること。これらが大切な要素だなと感じました。特に3番目に挙げた交流に関しては、身近に何らかのハンディキャップを背負っていても生きているひとたちがいて、生き様を近くで感じているからこそ、怪我を負っても悲観せずにすんだのではないかと思います。
 

これはあくまでも私の判断軸なので、ひとつのサンプルに過ぎませんが、備えあれば憂いなしは真実だなと感じます。

記事をシェア

この記事を書いた人

広瀬眞之介