最近は早期離職に関して様々な場所でお話しさせていただく機会をいただいております。
その際、よく出てくる質問が「日本も欧米のように人材の流動性を高めるべきなのではないか?」 「キャリアアップの転職は増えてきているのだから、3年で辞めることは問題ないのではないか?」というものです。
質問に対する回答は、また別の機会に譲るとして、私がこれらの質問を受けたときに感じるのは、「本当にキャリアアップのための転職は増えているのか?」ということです。
人材育成企業シェイク創業者である森田英一氏は著書「3年目社員が辞める会社 辞めない会社」の中で、「流動化時代に入り(中略)採用時のミスマッチが是正されたとしても、ステップアップのための転職はますます増加するだろう」と指摘されています。
その上で、今後は旧来型のマネジメントではなく、新しいマネジメントの方法が必要であると提唱されています。新しいマネジメント方法が必要なことは私も強く感じているのですが、キャリアアップのための転職が増えている、そして今後も増えていくということについては疑問が残ります。
なぜなら、私が行った早期離職者100人インタビューでは、今の会社には満足をした上で次の目標が見つかって転職をした人は全体の約20%以下だったからです。最初は「キャリアアップのために辞めました」と言っていても、話を聞いているうちに本音が出てきて、「実は社内の人間関係に疲れて退職しました」という人もいました。
『人間関係や労働環境を理由にしての退職は悪、キャリアアップのための退職は善』そんな価値観がいつの間にかできあがって、若い人たちの間では退職時の免罪符として「キャリアアップ」という言葉が使われている気がしてなりません。
実際に転職活動時に「キャリアアップ」という言葉を使う人は多いものの、それは本人がそう思っているだけで、傍から見ると現実から逃げているだけではないかというケースもあります。また、私のインタビューに協力していただいた方の中にはこんな方もいました。
「社内のお局様に目を付けられて、精神的に病んでしまって銀行を退職しました。でも、転職活動の際には人間関係が原因での退職というとネガティブな感じがしたので『キャリアアップのため』と嘘をついて面接を受けていました。嘘をついているため、最終面接くらいで辻褄が合わなくなってきて、落ちてしまうのが続いたとき、正直に『人間関係が原因で退職しました』と伝えたら「うちは、仲の良い職場だからそういうのは気にしなくていいよ」と言ってくれて、今の職場に採用されました。」 (早期離職白書の100人インタビューの内容をもとに要約)
彼女ははじめから私に対して正直に話してくれました。しかし、中にはインタビュー序盤はひたすら「自分はキャリアアップのために転職した」と言っているものの、詳しく聞いていくと結局は人間関係が原因だったり、仕事の内容に納得感がなかったりというケースもありました。
人材紹介会社などが「キャリアアップ転職」などと煽ることで、うわべだけのキャリアアップ転職は確かに増えているかもしれません。しかし、若者の退職の現状は、そのほとんどが企業に対してネガティブな感情を抱きながらの退職です。さらに、私が早期離職白書作成にあたって行った独自調査では、退職理由をキャリアアップのためと答えた方と、うつ病など精神疾患になって退職された方の数はほぼ同数です。キャリアアップ転職が増えているとしたら、うつ病による退職者も増えているということも言えるのかもしれません。
したがって、私は、「人材流動型の社会」「転職を通じてキャリアアップする時代」などという言葉に踊らされずに、現在の若者が置かれている現状を正しく認識してもらいたいのです。ごく一部の成功した優秀層だけを見て、それが社会全体の、若い世代全体のトレンドだとは思わないでもらいたいのです。
そして、若者の現状を正しく知った上で、社会全体がこれからを担う若者に対して本当に必要なことは何なのか?を考えていくべきだと思うのです。