『バベットの晩餐会』ー絶対的な幸福、新たな天体の発見ー

こんにちは、新名庸生です。今回扱うのは1987年のデンマーク映画『バベットの晩餐会』です。
 


 

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【ストーリー】(DVDパッケージより)
 

19世紀後半、デンマークにある海辺の小さな村に、牧師と彼の美しい姉妹マーチーネとフィリパが暮していた。姉妹の美しさは有名で、あらゆる若者が求婚にくるが、父は娘二人に仕事を手伝ってもらいたいと願い、申し出をすべて断っていた。そんなある日のこと、たまたま村に滞在することになったスウェーデン軍人のローレンスが、姉のマーチーネを見初める。しかし現在の恋よりも自らの将来を選んだ彼は、身を引いてしまう。次いでフランスの有名な歌手パパンが休養の為にこの村を訪れ、フィリパに恋をする。パパンはフィリパに接近するが、彼女は戸惑い、パパンと会うのを止めてしまう。
 

そして月日が流れ、父親が亡き今も二人は夫を持たず、村人の世話をしたり信者たちの集いを催したりしながら慎ましく生活を送ってきた。そこにかつてフィリパに恋したパパンの書いた手紙を携え、フランス人女性バベットが現れる。 やがてこのバベットが姉妹を、そして村の人々の心と体を温かく包み込むことになる…
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幸福というものを求めた時、そのとらえどころの無さに辟易するというのはよくあることだと思います。欲しかったもの・立場を手に入れても思ったほどの満足を得られなかったり、すぐに飽きてしまったり、かえって虚しくなってしまったり。自分が何を望んでいるのか分からず、次第に幸せを探求することを億劫に感じていってしまいがちです。幸せのかたちは人それぞれであるため簡単におすそ分けという訳にもいかず、他人の幸福は嫉妬や憎悪を生み出すこともあります。
 

しかしながら世の中には、単なる優越感や一時的な安堵とも異なる、本当に「幸福」としか表現し得ない一瞬があることを私たちは知っています。それは五感が全開になる瞬間、今までに出会ったことのない何かに遭遇する時。その時の驚きと興奮はまさに「生きててよかった」と思わせてくれる幸福そのものです。そしてそのような絶対的な幸福をもたらしてくれるもののひとつに「食」があります。
 

小説家であり美食家としても著名であった開高健は「山の高さを知るには峯から峯へ歩いたのではわからない、裾から一歩一歩攻め登らなければならないというのと似ていて、名酒の名酒ぶりを知りたければ日頃は安酒を飲んでいなければならないし、御馳走という例外品の例外ぶりを味得したければ日頃は非御馳走にひたっておかなければ、たまさかの有難味がわからなくなる。」という文に続けて、以下の様な言葉を残しています。
 

“美食とは異物との衝突から発生する愕きを愉しむことである”
ー開高健『最後の晩餐』ー

 

食を愉しむというのは必ずしもいわゆる「いいもの」ばかりを食べるのとは違い、ピンからキリまで様々なものを口にしては舌上で未知との遭遇に興奮し、その振れ幅に驚くということです。『バベットの晩餐会』はこのとても純粋な食の感動がスクリーンから溢れだす映画です。
 

バベットの晩餐会
 

バベットはかつて祖国フランスで一流のシェフとして活躍していた女性でした。フランス革命で家族を失い、前述のパパンの紹介でこの姉妹のもとに命からがらやって来ます。そして長い年月を村人たちと共に慎ましい生活をしながら過ごすのですが、ある日宝くじに当選し、大金を手にします。バベットは牧師の生誕祭の食事を任せて欲しいと姉妹に頼み、本格的なフランス料理を村人たちに振る舞おうと準備を始めます。しかし村人たちがバベットの御馳走を楽しみにしているかというとそうではありませんでした。ここがこの映画の面白いところです。
 

村人たちは厳格な宗教的生活を尊び、美食に興味はない。常日頃から粥に塩もふらない質素な生活をしており、舌は神を讃えるためのものであると言う。バベットが取り寄せた食材には村人たちが目にしたことがない代物が多々あり、ましてや口にしたことなどない。村人たちは何を食わされるか分かったもんじゃないと恐怖すら覚え始める。ただ、バベットの好意を無下には出来ないから、食事には招かれるが、料理についての話は一切するまいと約束しあう。
 

すなわち、村人たちはバベットの料理に対してなんにも期待しておらず、むしろマイナスの評価からのスタートであったわけです。
 

いざ晩餐が始まると村人たちは恐る恐る料理に手を付け始めます。約束通り、特にリアクションもせず黙々と料理を口に運ぶのですが、偶然村人たちと晩餐を共にすることになった海軍士官ローレンスがその料理を絶賛しはじめます。そのことで全く初めての料理に対する警戒心から少しずつ解かれていき、村人たちは今まで味わったことのない食との出会いを純粋に愉しむ余裕が出てきます。決して「おいしい」などという感想は一言も口に出しませんが、表情から、料理を取る動きから幸福感が溢れ出します。未知との遭遇、想定外を愉しむ食の醍醐味です。
 

いつの時代でも人々が話題にすることだと思いますが、我々は初めて牡蠣やナマコを口に運んだ先人を、幾多の犠牲を乗り越え河豚を食すことに成功した先達を、焼くでもなく煮るでもなく炊くという調理法を編み出し米を食べ始めた祖先を賞賛せずにはおれません。単に先人たちが偉大だったというだけでなく、食に対する凄まじい好奇心とエネルギーは本来すべての人間が持っているものだと思います。
 

現代は地球を探検するには遅すぎ、宇宙を探検するには早過ぎる中途半端な時代だという言葉もありますが(”Born to late to explore the earth, born to early to explore the galaxy.”)、食の領域に関してはまだまだ可能性が広がっています。現代ではかつてないほど簡単に世界中の食材が手に入るようになりましたし、IBMは人工知能シェフ・ワトソンによって今まで人が思いつかなかった食材の組み合わせの提案をはじめました。物流とITの発展を受け、異物と衝突するチャンスが格段に増えつつある時代と言えるかもしれません。
 

開高健も敬愛した法律家・政治家であり美食家のブリア・サヴァラン(1755~1826)の言葉を最後に引きたいと思います。『バベットの晩餐会』の主旨を一言で表していると言っていい金言だと思います。
 

“新しい御馳走の発見は人類の幸福にとって天体の発見以上のものである”
ーブリア・サヴァラン『美味礼讃』ー
 

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