Plus-handicapをはじめて4年が経ちました。今年は(今年こそは)原点回帰。

2013年3月1日にスタートしたPlus-handicap(通称プラハン)も4年が経ちました。4年前に立ち上げた頃のメンバーと今のメンバーはガラリと変わり、継続することの難しさを感じながら、出会いと別れは繰り返されるものだとつくづく感じます。また、ずっと変わらず関係性を築いてくれる方々の懐の深さには嬉しくなるばかりです。
 

「なんか生きづらいひとのなかなか知らないリアル」という最初に立てたコンセプトが、一種のプラハンらしさを形作っていると思いますが、このコンセプトを今のメンバーはそこまで知りません。というか、気にしていません。ライターにせよ、編集メンバーにせよ、なんとなくプラハンってこんなカンジでしょ?と自分なりに解釈し、そこに大きなズレがない状態で伝わっていることは、継続という価値なのでしょう。
 

4年も経てば、社会の意見も少しずつ変わってきます。24時間テレビを批判した記事を書いたのは2013年でしたが、当時は原稿をこきおろすツイートばかりが目立ったのに、感動ポルノという言葉でSNS上が大反響したり、バリバラが物申し始めたり、五体不満足の方が違うブランディングを始めたり(笑)。だんだんと変わっていく社会の意見や風潮を横目で見ることが出来るのが、メディアを運営する面白さかもしれません。自分たちと似たジャンルを扱うメディアも増えてきました。
 

プラハンを始めたときに、個人的な問題意識として考えていた「障害者を取り巻くイメージの転換」については、だいぶ解決が見えてきました。今思えば、見えたと思ったタイミングと執筆や運営に対する意欲が下降してきたタイミングは一致するように感じます。あ、言い訳です。
 

更新量にこだわった1年目、原稿の質と反響を気にしすぎた2年目、拡大を意識したのにできなかった3年目、法人化したことでメディアではなく事業に注力した4年目。何もなかった1年目が一番楽しくて、できることが増えれば増えるほど、楽しさは減り、それが不自由さと義務感に変わっていきました。本当に不思議なものだなあとつくづく思います。
 

2017年2月、プラハンってどんなメディアですか?と聞かれることがすごく多い時期でした。今までだと「生きづらさ」に関する説明を展開していたのですが、最近は「知ってそうでなかなか知らないこと」「言えそうでなかなか言えないこと」「言われてみるとたしかにと納得しちゃうこと」を伝えるメディアですねと言うようになりました。「生きづらさ」という言葉を入れなくなったことは意識の変化かもしれません。少し説明は長いけれど。
 

メディアは当事者に対してそんなに責任をもっていません。そして、言いたいことを言えるという素敵なポジションです。
 

「例えば、ひきこもりのひとに対して、社会は楽しいよとあの手この手で綺麗に見せたとしても、その先の生活の難しさなんて何も伝えない。勇気を持って外に出たのに、外の世界のしんどさを一身に受けてまたひきこもったなら、その責任は誰が負うんだろう。」
 

先日、取材でこの言葉が自分からこぼれ落ちたとき、今の自分は、この問いに立ち向かう編集長でありたいんだと気づきました。だから「個人が変われば周囲が変わる、周囲が変われば社会が変わる」とリーフレットに書いているんだし、「当事者の意識と行動を変えたい」とメッセージを伝えているんだと。
 

「綺麗事を抜きにしたリアル感」「意識高そうな論調に対する皮肉」「矢印をひっくり返して考えてみる」といった古参のメンバーの価値観を軸とした原点回帰を目指そうと思います。この価値観の先に、プラハンが描く未来がありそうな気がします。いろいろなメディア、プロジェクト、キーパーソンが「生きづらさ業界」に増えたことで、僕たちは本来やりたかったことに集中できるようになりました。
 

5年目は久しぶりに楽しくなりそうです。ちょっとだけ更新頻度が上がるであろうプラハンを楽しみにしていただけると嬉しいです。
 

2017年3月1日
Plus-handicap 編集長 佐々木一成