2015年1月9日から、劇場版「PSYCHO-PASS サイコパス」が始まりました。アニメの第1期、第2期と見続け、個人的に大好きだということもありますが、「生きづらさのない世界をシステム構築したその歪み」という観点から見ると、非常に興味深い作品。中二病テイストのブック(アニメ)レビューになることはご容赦ください。
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今から100年後の近未来。日本は、人間の心理状態や性格的傾向を計測し、数値化できるようになった社会が構築されています。見えないはずの精神的領域が具現化されるのです。犯罪係数として犯罪に関する数値はカウントされ、その数値によって法の裁きが下されます。ストーリーは、この犯罪係数に絡む犯罪者と犯人を捕まえる監視官・執行官の戦いが主軸ですが、私が注目したいのは構築されたシステム(シビュラシステム)です。
心理状態や性格的傾向が数値化されることで、例えば、自分にとって適した職業をシステムが推薦してくれ、就職が決まります。いまどきの就職活動を巡る悲喜こもごもなど経験しなくても、自分に合った仕事に就くことが出来ます。また、自分の興味・関心に適したニュースや新聞記事のピックアップ、体調や志向に合った献立の提案、数値や色相(心の曇り具合のようなもの)のコントロールによって自身のコンディショニングもできるという社会が創られています。どのようにシステムが構築・管理されているのかはネタバレになってしまうので、ここでは記載しません。あしからず。
自分が幸せになるための道をシステムが創ってくれることで、大きな生きづらさは存在しません。人間関係が、就職活動が、仕事が、情報格差が、というような項目が原因の生きづらさは存在し得ないのです。100年後の社会であるため、全身サイボーグの人間も登場します。主要登場人物のひとりも義手。身体的な障害は有り余るテクノロジーで改善、むしろ改良されることを考えれば、障害者の生きづらさも生まれにくくなります。生きづらさが解消された社会の具体的なモデルのひとつとも言えるでしょう。反面、システムによって疎外された人々が生まれることも真実なのですが。
登場人物の言葉に非常に示唆に富んだものがあります。
シビュラ診断のない時代だったら、私たち、何の保証もない職業を選ばなきゃならなかったのよ?幸せになれるか運任せだった昔に比べればいいじゃない?
大昔はさ、自分の人生は自分で決めて、それに責任を持たなきゃならなかったんだとさ。ぞっとするよな。今じゃシステムがそいつの才能を読み取って、一番幸せになれる生き方を教えてくれるってのに。本当の人生?生まれてきた意味?そんなモンで悩むやつがいるなんて思いもしなかったよ。
「親が敷いてきたレール」は一般的にはネガティブなイメージで使われますが、この世界では、むしろ「レール」はポジティブなもの。「システムが敷いてくれたレール」から落ちずに乗り続けることが、確率論的に幸せに直結する。感情的ではなく合理的に、人は誰でも幸せになれるほうを、労苦が少ないほうを選び取ります。そして、そのほうが社会は都合良く管理監督しやすいというのがミソ。
しかし、ストーリーの中に出てくる一般大衆は幸せそうに見えますが、どこか味気なさそうにも見えてしまいます。もしかすると、コンプレックスを生かす、逆境をバネにする、失敗経験を糧にする、苦労を分かち合うというような、そんなスパイスがこぼれ落ちた社会になっていることが、その一因になっているのではないかと私の目には映りました。「生きづらさ」にすべてをつなげて考えるのは暴論ですが、「ある」より「ない」ほうがいいとされている生きづらさは、「なければない」で人生を無味乾燥としてしまうものなのかもしれません。
今回併せて紹介するマンガ版はアニメ1期のシナリオを踏襲しているもの。敵役である槙島はこのシステムに真っ向から抗います。僕は断トツで槙島が好き(今回のブックレビューはこれが言いたいだけです)。
人は自らの意志に基づいて行動したときのみ、価値を持つと思っている。(中略)だが、己の意志を問うこともせず、ただシビュラの信託のままで生きる人間たちに果たして価値はあるんだろうか?
「レール」に乗って生きることは簡単で、効率的に幸せをつかみ取れる反面、そこに本人が本人として生きる理由はあるのかどうかを問います。つまり、それはあなたの人生なの?あなたが生きている意味ってなに?ということ。攻略本通りにゲームをプレイする是非論のようなものかもしれません。「幸せ」をシステムで運用しようとしたときに生まれる歪みです。
分からないことがあればすぐにgoogle先生で検索する、効率的に作業するためにソフトやアプリに委ねる、飲食店や旅行に行く際にクチコミサイトを見る。マニュアル通りの仕事や接客も通ずるものがあるかもしれません。便利な世の中になったと言えばその通りですが、実は自分の脳内だけで決断し、行動することはほとんどなくなってきています。システムの敷いたレールに乗ったほうが気楽だという社会は、特に違和感もなく受け入れられそうな気がします。
ストーリーの中では、人が法を守るのか、法が人を守るのか、というような問いも示されていますが、良いか悪いかという二元論、卵が先かニワトリが先かというような論点で考えるのではなく、どんな社会が今後生きていく上で理想なのかということを考える契機になれば面白い作品だなと思います。あくまでフィクション、虚構の話ですし。
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アニメの第1期が全22話あることを思えば、コミック版6冊で完結させることもアリです。サイコスリラーの要素もあるので、苦手な人は苦手かもしれません。