パパにはパパのもどかしさがある。布施太朗『父親(オトン)が子どもとがっつり遊べる時期はそう何年もない。』

あくまでも個人的なことだが、息子と過ごす時間が確保できているときほど、体のコンディションは良く、余計なストレスもかかっていない。時間当たりの仕事の生産性も高いような気がする。
 

家に帰ってきたときに息子が「パパ〜」と飛び込んできてくれた瞬間の何とも言えない幸福感は疲れを吹き飛ばしてくれるし、反対に子どもが寝てたときのガックリ感は疲れを何倍にも増幅する。子どもが生まれるまでそんな自分になるとは思っていなかったけれど、生まれたらそうなった。無責任な物言いだけど、僕はそうなった。
 

パパなんて自分のお腹を痛めたわけではないから、子どもが自分を認識してくれるまで、なんとなくパパという感覚が湧かないことがある。ママからすれば「は?」と言いたくなるだろうけど、そこがパパとママの違い。ママは生まれる前から準備しているけれど、パパは生まれてからしか準備できない、いや正確には当事者意識を持ちづらい。
 

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妊娠、出産、産後とママの体はしんどい。今までできていたことができない、やりたいことができないという時間的、欲求不満的な部分もまた大きい。そんなストレスを経ながらママはママになる準備をするのだと思う。僕はママになったことがないから想像でしかないけど。
 

その裏でパパは”鬼の居ぬ間に”楽しんだり、今までと変わらぬ生活リズムで過ごしたり。ママから羨ましがられる、妬まれるような状況が続き、パパになるなんていまいちピンと来ていない日常が続く。「もうすぐパパになるんだなあ」とか無邪気に言うと「当たり前でしょ!」と一喝されることも。このあたりではすでに摩擦が生まれてる。
 

子どもが生まれた暁には”急にパパになっちゃった”感が増し、戸惑う。その頃にはママはママになっているのに、パパはパパになっていない。だから心がぐらつく。
 

圧倒的にママのほうが大変。だから、ママの味方は増える。それは当たり前。異論の余地はない。
 

だけど、パパはちょっと苦しくなる。これまで散々楽しんでばかりいたくせに。これはワガママ。反論の余地はない。
 

このズレが、パパのもどかしさ(≒生きづらさ)につながってくる。だいたいは自分に非があって(冷静に準備しておけば済んだ話)生まれてしまう孤立感。相談したところで「たしかに悪いのは俺だよね」感がハンパないし、その自覚は十二分にある。ただなかなか言われない「お前も頑張ってるよ」という一言だけがほしかったりする。
 

第一子であれば、パパを経験したことがないんだから全然分からない。なのに、みんなママの味方だし、雑誌はママの◯◯情報ばかりだし、社会は「イクメン」だ「イクボス」だとうるさいし、男性的ワガママを言えば女性からは総スカンを食らうし。どこにパパの”愚痴の吐きどころ”があるのだろう。
 

この”四面楚歌感”と”愚痴の吐きどころのなさ”が、今のパパ業界の社会問題だと思う。”甘え”と言われればその通りなのだが、ちょっとした余白やスキのない社会は息苦しい。この問題を解決できれば”パパになる準備”もうまくできそうな気がするし、ひいては、男性サイドの共働きへの準備やワークライフバランスといった考え方の習得にも繋がるのではないかと思う。
 

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先日、台風上陸のニュースを家で見ていると、会社に出勤しているひとたちにインタビューしていた。台風でも休めない会社ならば「子どもと時間を過ごしたいから会社を休みたい」など到底言えない。顧客第一主義とか聞こえのいい言葉を理念化していても、社員とその家族の幸せを真っ先に考えなければ、それ実現しなくない?と思う。
 

「子どもが生まれたんです」と会社で報告すれば「子どものためにもっと頑張らないとね」と返される。育児休暇取りたいなあ、定時に帰れるようにしたいなあと思っていても、その一言ですべてが水の泡となる。これはマネジメントテクニックなのだろうか。
 

僕自身は子どもが生まれる前に独立したので、上司からのそんな圧力を感じることはない。また時間に融通は利く分、時間管理しやすいので、子どもとの時間を確保しやすい。とはいえ、独立しなければ子どもとの時間を取りづらい社会のだとしたら、それはなんか阿呆らしい。
 

もちろん、仕事が好きだ!会社が好きだ!お客さまは神様です!というひとの価値観を否定はしない。大切な考え方だと思うし、それがなければ成果は出ない。また、その価値観と成果の先で、育児や家族との時間の確保まで完璧なひともいるはずだし、憧れる。ただそれはスペシャル・ワン。工夫と改善で近づけるとは思うけど。
 

育児休暇や時短勤務などの制度導入は然ることながら、”パパをやりたいと言える/受け入れてくれる”環境のなさ、度量の狭さもまたパパ業界の社会問題。パパと息子、パパと娘だと関係性はそれぞれ違うかもしれないが、個人的には、子どもと時を忘れて遊びたい、笑いたい。それが当たり前に発信できる社会だと、少子化とかも解決するのかもしれない。
 


 

パパだって、子どもと遊びたいのである。パパ全員が、とは言いづらいけれど。2歳の息子を見ていると、ここから2,3年の変化は愛おしいだろうなあ、パパ〜とすり寄ってくる頃が一番幸せだよなあと思う。その時間を確保したいというのはワガママなんだろうか。贅沢なんだろうか。
 

ママにはママのしんどさ、大変さはある。それはパパよりも大きい。ただ、パパにもパパの…はある。そこをスルーした議論は少々いびつ。パパの地位向上、パパの環境改善を含めてこそのパートナーシップだと思う。もう少し、パパという役割や責任に対するあったかい議論があれば、パパなりのもどかしさ、パパ業界の社会問題はいい方向に向かうのではないだろうか。ママ側のほうが言いたいことが多いのは重々承知だけれど、ちょっとだけでもパパの心の声に耳を傾けられる寛容さが社会にはあってもいいかもしれない。
 

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