渋谷昌三『入社一年目の心理学』ー1年目とはいえ自分を見失っては意味がないー

新入社員の5月頃、いっそ死んでしまったほうが楽じゃないかと包丁を取り出したことがあったことを思い出します。5月病という言葉で片付ければ簡単ですが、社会人生活ってこんなに厳しいの?という無力感、田舎から東京に出てきての一人暮らしの中、腹を割って話せる親しい友人がいないことの孤立感など、様々な気持ちから精神的に落ちていきました。4月末に見つけた10円ハゲはゴールデンウィークを明けた頃には500円玉くらいにはなっていたことも覚えています。
 


 

新入社員研修の成績が最悪に近かったことに端を発し、電話対応のロープレが全然うまくいかない、新規アポをとるための電話かけで心が折られる、先輩や同期との仲がうまくいかないといったひとつひとつをすべてネガティブに受け止め、自分を責め続けた結果が包丁を取り出すというアクション。今回ご紹介する『入社一年目の心理学』のような本を読んでいたら、そんなこともなかったかもしれません。
 

新入社員の心構え的な本や5月病対策などメンタルヘルスに関する本もありますが、なんとなく今回の本が面白いなと思ったのは、いい意味での「自己中心的なスタンス」をとるための心理学的処世術が記されていることが理由です。上司をタイプ別に攻略し、扱いにくい上司は巧妙にいなす。反対意見は理論武装してから発し、嘘や建前を上手に使いこなせなど、新入社員研修では講師の立場から使えない、使ってはいけないとされるようなことをうまく解説しているところが好きです。
 

就職という言葉は「職に就く」というもの、すなわちその職業や職種に就くという意味で考えがちですが、今の日本では「職場に就く」という感覚のほうが賢明です。仕事現場に入るというより、職場というコミュニティに加わるというほうが、現実的に思えます。仕事は1人で完結できるものではないという前提から見ても、就職とは新しい人間関係を作ることなのかもしれません。「入社一年目」は新卒での就職だけでなく、中途での転職にも当てはまること。転校生が新しい教室に馴染むまでの難しさと似ています。
 

本書のコンセプトは「7日間で新しい職場環境を作る/馴染む」というもの。52個の心理学をベースとしたノウハウを7つの項目に分け展開されています。「世渡り力を磨く」、「組織を見極める目を養う」など、今までの新入社員への教育観点だと「やや偉そう」に見受けられる視点での章立ても、時流に合っているように思います。
 

扉の向こう
 

「あなたと上司、あなたとお客さん、そして、あなたと会社。「声をかける=行動する」ことをためらっていては、なかなか物事は好転しません。成功の扉は自動ドアでないほうが多いのです。あなたが手をかけなければ扉は開いてくれません。ところが、その扉はあなたのちょっとした勇気で開くことができます。」

 

私自身、同期のなかで最下位ポジションからのスタートを切りました。アルバイトに任せられる雑用的仕事を行い、先輩からこぼれてきた仕事を一個一個行い、同期と比較すると大した仕事してないなとボヤく毎日。先輩のスケジュールを確認しながら「資料作るのでアポイントに同席させてください」と駆け引きに似たことをやり、同期が風邪を引いて休んだときこそチャンスだと考えていた社会人生活の幕開けでした。悔やみ続けるのではなく、行動を起こすことこそ大切。自己肯定感を失いながら気づいたことでしたが、本であっという間に学べるのであれば、どれだけ楽なことだったかと思います。
 

成果を上げられるかどうかは行動にかかっているというのは間違いのないところ。職場などの人間関係をうまく作りながら、最後は自分で動けるかどうか。そのための鍵は心の中にあり、心理学的見地から行動へつなげられるというのが本書の言い分です。起業やキャリア論といったものではなく、サラリーマンとして組織人として働くための本。読書好きなら、読む時間もそこまでかからないシンプルな構成なので、通勤時間にさくっと読むことをおすすめします。
 


 

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