伊藤洋志『ナリワイをつくる』ー生きづらいひとにマッチした働き方を模索するー

2011年3月11日。東日本大震災が日本を襲いました。津波が迫り来る映像を見たとき、自然の大きな力に抗うことなんて無理、人生なんていつ幕が閉じるか分からないのだから、自分の人生悔いなく生ききろう、今やりたいと思ったことをとことんやり続ける人生を送ろうと決意しました。3.11が人生の転機となったひとは一定数いると思いますが、私もその1人です。
 

ちょうどその頃、私は、自由大学という学び場で「ナリワイをつくる」という講義を受けていました。自分の時間をうまく使いながら、自分のペースで仕事がしたい。好きな仲間と仕事がしたい。この気持ちが原点で起業という選択をし、ナリワイの発想があったからこそ、Plus-handicapを立ち上げました。その講義で教授を務めていた伊藤洋志さんが後に執筆したのが、この『ナリワイをつくる』という本です。
 


 

個人レベルではじめられて、自分の時間と健康をマネーと交換するのではなく、やればやるほど頭と体が鍛えられ、技が身につく仕事を「ナリワイ」と呼ぶ。これからの時代は、1人がナリワイを3つ以上持っていると面白い。(はじめに)

 

伊藤さん自身、大学卒業後にベンチャー企業に就職するも、肌荒れや過労などで体調に異変を来たし、早期で退職されています。仕事は自分の生活を犠牲にして行うもの、自分の時間と健康をマネーに交換するものという常識観に疑問を抱き、働くことと生活の充実が一致し、心身ともに健康な働き方はないかと模索されています。その結果が「ナリワイをつくる」なのです。
 

「ナリワイ」は自分の興味・関心が原点となることが多いです。例えば、自分の子どもと一緒に野菜を育てて、食卓に並べたいという気持ちを持ったママさんがいたならば、これはナリワイが作れるチャンス。自分たちで育てた野菜を食べることは自給自足の一端を担えます。子どもと一緒に作った野菜でつくった料理パーティーを主催して、友人何人かを集め、お小遣いを稼げれば、立派なナリワイです。また、お隣さんにおすそ分けした結果、一品料理をおすそ分けしてもらえるなんてこともあるかもしれません。物と物の交換も立派な労働の対価です。
 

練習もしないで試合に勝てないのは当たり前のことなのである。(中略)ちょっとやったらすぐ成功するようなイメージを撒き散らしている本や情報には浸からないで、一見地道に見える「鍛錬」が大事なのである。(145ページ)

 

伊藤さんは、農家の収穫の手伝いに端を発した「遊撃農家イトウ農園」にて梅やみかんを売っていたり、大学時代に住んでいた京都に気楽に泊まるところがないという理由から「古今燕」という共同別荘をつくっています。この別荘をDIYしたことによって床張りや襖張り、ブロッグ塀破壊の技術を身につけ、その延長線上に全国床張り協会の立ち上げがあります。
 

伊藤さんの話や実績を見ると、簡単にナリワイつくってるなという感覚に陥ります。しかし、ナリワイをつくるという鍛錬も積めば、ナリワイにするという鍛錬も積んでいるからこそ、外からは簡単に見えるのです。
 

ふつーの人が、ポストグローバリゼーションの時代に、自分のできる範囲の労力で、工夫し、考えて生活をつくる態勢を確保しつつ、必要とあらば市場経済のなかに切り込んでいくという精神的余裕を生み出す意味を持っている。(209ページ)

 

会社のために、お客様のために働いて、自分の心身をボロボロにすることはどうなのか?家族との時間を作れないことはどうなのか?グローバル化という言葉に惑わされ、世界を駆け回る、英語を駆使するという図を描き過ぎ、自分の足元や生活を疎かにしていないか?「ナリワイをつくる」という発想は、今の社会の仕事観へのアンチテーゼが含まれています。
 

「生きづらさ」を抱えているひとの多くは、今の日本社会の常識や当たり前、普通や健常といったものとの比較に原因があると考えています。一人ひとりが自分のやりたいことに挑戦し、納得のいく人生を生きたいのであれば、自分の人生を得体の知れない何か・誰かとの比較によって盗まれては意味がありません。なんか「生きづらい」ひとにとってオススメな一冊だなと思います。ナリワイをつくって生きる・生きないではなく、こういう考え方もあるんだという情報収集目的でもいいでしょう。反対に、激しい市場競争を勝ち抜いて成功したいという、気力と実力のあるひとには、納得が難しい本かもしれません。
 


 

伊藤洋志「ナリワイ」サイト:http://nariwai.org/

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