「わかる」と「認める」はちがう。映画『アマノジャク・思春期』プロデューサー理沙さん×Plus-handicap編集長対談

「小学6年生になった男の子の光は、自身の受け口を悩み抜き、マスクをつけて学校へ行くようになった。」
 

7月25日(土)から横浜シネマ・ジャック&ベティで劇場公開されている映画『アマノジャク・思春期』。
 

この映画のプロデューサーの理沙さんに、生きづらさをテーマにしたWebマガジンの編集長である佐々木が、映画の感想を話しつつ「学校教育の現場での、ちがいを認める難しさ」について、意見を交わしました。
 

アマノジャク思春期
 

映画の中のいじめは何が原因か

 

(映画のあらすじ)

小学生の光は、自らの顔の特徴である「受け口(下顎前突症)」にコンプレックスを持ち、教室にうまく馴染めない。また2005年4月の発達障害者支援法施行前、その周知がない時代が本作背景となっており、光は隠れた症状をも抱えている。
 

本作では、実話を基にし登場人物それぞれの生きている瞬間を如実に描き出している。誰でも、思春期に人との違いを悩んだこと、人とぶつかったことはあるはず。だからこそ、境遇への共感や、過去の記憶をも呼び起こす作品となっている。
 

 

佐々木:
映画を観させていただきましたが「何が課題なのか明確にすることが難しい」というのが正直な感想です。仕事柄、本人のつらかったエピソードなどに接する機会があるんですが、いつも「これは現代ならどのように起こるのか?」と置き換えつつ、考えていました。
 

理沙さん:
この作品は監督の実体験をベースにしています。時代背景としては2005年の発達障害者支援法が制定される前、つまり90年代~2000年前半くらいが舞台です。当時は、まだ発達障害者支援法もなく、発達障害への認知も低かった時代のため「クラスに一人はいる問題児」という扱いでした。当時よりも今は、発達障害そのものへの理解は生まれてきているのかな、と思います。
 

佐々木:
映画の中のいじめは、発達障害や受け口だけの問題ではなさそうですよね。家族や学校、周囲の環境に恵まれているかとかのいろいろな要素が絡んでいそう。歯車が一個ずつずれていった結果なのか、噛み合えばああならなかったのか…。森本さんはどう思います?
 

森本:
私は放課後等デイサービスという障害児向けの学童のような場所で働いていますが、形はちがっても今でもいじめはあるなと感じています。今なら、主人公の光君は特別支援学級(※障害のある子ども向けのクラス)に入るかもしれません。それでも、その中でもいじめはあって。普通級ではいじめられていた子が、特別支援学級ではいじめる側に回ることもあります。
 

佐々木:
体育会系の部活で最上級生にいじめられていた下級生が「俺らが最上級生になったら、こんなことしないでおこう!」って言ったのに、結果的にやっちゃうのと似ていますね。「自分もやられたから相手にもやっていい」となっちゃう人もいるんだろうなぁ。
 

アマノジャク思春期
 

ちがいを「わかる」・ちがいを「認める」

 

佐々木:
公立の小学校のような場所で「ちがいを認める」ってけっこうむずかしい気もしていて。どうやったら、小学生くらいの子どもたちがちがいをわかったり、認められたりするようになると思います?
 

理沙さん:
うーん…。「わかる」と「認める」ってちがいますよね。おそらくですけど、その子たちもちがいがあるってことはわかっていて。見た目なら見た目、国籍、肌の色のちがいを感じ取って、気づいているというか。
 

佐々木:
おおっ!たしかに。
 

理沙さん:
ちがいがわかった上で、認めるパターンと排除するパターンがあって。どこで分岐するのかは人それぞれなのかなぁ…。「あの子のところには近寄っちゃだめ」と言われるなどの親や周囲の大人からの影響はあるかもしれません。
 

佐々木:
「わかる」までは子どももナチュラルにしているけれど、「認める」となるとまた話は変わってくる。価値観的なフィルターが入ってくるから親の影響とか、本人の経験もありそう、と。
 

理沙さん:
本人の経験とか、生まれ育った環境とかでしょうか。アメリカ人でニューヨーク出身の方が本作を鑑賞した際に、「正直、ニューヨークだと人種もバラバラで、ちがいが当たり前にある。ちがいがあるから差別や排除されるわけではなく、特定のちがいに対しての差別や排除が生まれやすい。」といったお話をいただいたことがあります。日本の小学校だから、同質化が強く、ちがいそのものが際立ってしまい、排除に繋がりやすいのかもしれないです。
 

佐々木:
出る杭を打っちゃうみたいなのに近そう。そのくせ、オンリーワン志向なのが超絶矛盾でわかんないんだよなぁ。笑
 

森本:
だから、オンリーワン志向なんじゃないですか?ちがいがあって当たり前なら、わざわざ「オンリーワン」って言う必要がないですし。
 

佐々木:
あ~、それは納得。映画の最初の方でも「迷惑をかけるな」ってセリフがありましたよね。生きていたら迷惑をかけてしまうけれど、人の顔色を窺っているとオープンにできないし、自分らしさを発揮できないのかもしれません。
 

アマノジャク思春期
 

この映画を誰に届けるか。

 

理沙さん:
私はこの作品が好きだし、より多くの方々に届けたいと思っています。そのうえで、「この作品を誰に届けられるとよいのだろう」と悩んでしまうところがあります。この作品は一個人に焦点をあてているからこそ、受け口、発達障害、いじめ、家族などいろいろなテーマや要素が絡んできます。だからこそ、主人公の光にとっての世界が伝わってきます。わかりやすく伝えられたほうが、人には鑑賞してもらいやすいかと思います。ですが、一言で説明できない作品だと思っています。
 

佐々木:
なるほど、一言にできないところがいいんですが、それだと見つけてもらいづらくなっちゃいますものね。ふつうの人に見てもらったらいいんじゃないですか?
 

理沙さん:
ふつうの人、というと?
 

佐々木:
当事者だと、自分の経験との比較をしてしまいがちです。それもそれで必要かもしれませんが、「私の方がしんどい」が気になっちゃってマウントの取り合いにもなりかねないですし。
 

理沙さん:
なるほど。
 

佐々木:
だから、当事者性が遠い人の方が刺さりそうな気がします。一番は教育現場に入る直前の人たちに見て欲しいな。教育学部4年のワークショップとか。こういう現場を知らずに学校の先生になるというのは、普通に考えると怖い。
 

アマノジャク思春期
 

理沙さん:
ワークショップに使ってもらえたら、うれしいです。先程話に出た本作を鑑賞いただいたアメリカ人の方や海外での学びの経験がある方からも、海外の高校や大学などの授業でよくある映画を観てディスカッションするなどにも向いていそう、といったお言葉をいただいたことがあります。
 

佐々木:
上映会とかもよさそうですよね。30分くらい映画を観て、感想を言い合うとか。いろいろな角度で話し合えそう。
 

理沙さん:
この映画は解がないんです。個人的には、同世代でコロナ禍におけるステイホームにおいて、自らの人生を見つめ直す機会になった方も多いと感じています。そういう方々にとっても良いのでは、と感じています。過去を振り返るきっかけになるので。
 

佐々木:
たしかに。わかりやすい勧善懲悪のストーリーとかではないからこそ、考えさせられるというか。
 

理沙さん:
もし、自分が小中学校時代にこの作品を観ていたら、「自分の置かれた環境を少しでも分かりあえる方が世界にはいるんだな」と思ったかと思います。また今、大人になってから鑑賞すると元気をもらうところがあります。大人になるほど、個々のコミュニティにあわせて、なりすまして生きているところって少なからずあると思うのですが、子供時代ってまっすぐだなぁ、と。私が、この作品を脚本を読んでから、約8年間関わり続けている理由もこういったところにあると感じています。
 

佐々木:
よき理解者、自分のことを見てくれる人がひとりでもいれば救われる部分って大きいですよね。映画は、そういう存在が周囲にいないときに、心の支えになるのかなと思いました。
 

<映画『アマノジャク・思春期』公式HP>
https://www.amanojaku-sishunki.com/
 

<映画『アマノジャク・思春期』劇場公開情報>
○ 横浜シネマ・ジャック&ベティ(神奈川県横浜市) 7月25日(土)-8月7日(金)
○ 京都みなみ会館(京都府京都市) 夏~秋ごろ
○ シネマスコーレ(愛知県名古屋市) 10月3日(土)-10月9日(金)
 

<有料配信用の特設サイト>
https://shortmovie-shishunki.wixsite.com/theater
 

※通常上映版だけでなく英語字幕版も配信しており、動画共有サイトVimeoを活用できるエリアでしたら全世界で鑑賞可能です。
※配信収入の半分は、上映劇場に分配しています。
 

ライター:森本しおり
 

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