今さら「まだ自分のことを発達障害だと思っているの?」と聞かれても。

「あなた、まだ自分のことを発達障害だと思っているの?」
 

先日、2年半通っているカウンセラーの先生に尋ねられました。
 

…え?どういう意味?まごうことなき、発達障害では?
 

だって、本に書いてあった特徴にはほとんど当てはまっているし、親もどう見ても発達っぽい。4年前に検査受けた上でお医者さんにも診断されましたし、今だって薬を飲んでいるし、障害者手帳も持っています。
 

でも、もし今の私が別のお医者さんから「発達障害ではありません」と言われたら、どうなるんでしょうか?どの根拠が揺らいだら「発達障害」ではなくなるのでしょうか?
 

発達障害
 

成人のADHDの検査には2種類あります。私は約4年前の27歳のとき、15分程度で質問用紙に答えるCAARSテストを受けて、ADHDと診断されました。私の27年間は、15分の質問用紙で診断できるようなものだったのか…。
 

ただ、最近になってADHDではない可能性があることをカウンセラーの先生から指摘されました。本人への聞き取りとテストのみで診断したことが気がかりだそうです。
 

「本来なら、そんなに簡単に診断はしない。小学校の頃の成績表を参考にしたり、親御さんや周囲の人への聞き取りをしたりするはず。私は医師ではないから診断はできないけれど、気になるのであれば、もう一種類のテストを別の医療機関で受けてみたら?」と言われました。
 

「えっ。そんなことを今さら言われても…」と戸惑いました。
 

初めて診断をされたときは「ADHDは脳機能の障害だから、治らない。一生障害を抱えて生きていくのだ」とショックを受けましたが、今では時間をかけて徐々に受け入れられるようになってきました。
 

しかし、言われてみれば、私は一つの病院でしか診断を受けたことがありません。専門家であっても間違える可能性はあるのです。そのため、今回、別の病院でより精密な検査を受けてきました。
 

もう一種類のテストであるWAISテストを受けるときは、ずいぶんと詳細な聞き取りをされました。事前面接に1時間、テスト自体も10種類近くの項目を2時間以上かけて行い、その後に診断結果を伝える面談があります。内容も、パズルを解いたり、暗算をしたり、絵カードを時系列順に並べたりとバラバラでした。
 

内容や形式など、2種類のテストがこんなにも違うとは意外でした。ここまで違うと、2つのテストで別々の結果が出ることもあるんじゃないか?と心配になってしまいます。
 

現在は、診断結果待ちの状態です。さて、どんな結果が出るのか…。今後の可能性について考えてみました。
 

発達障害
 

可能性①「やっぱりADHDです」と出る
 

この場合、今と特に何も変わらないです。困ったときに福祉サービスを受けられたり、税金が免除されたりと支援が受けやすいですが、障害をオープンにすることで、能力を伸ばすチャンスが減ったり、差別をされたりすることもありえます。言ってみれば、可能性は狭まるけれど、安心できるのはこちらです。
 

可能性②「ADHDじゃありませんでした」と出る
 

この場合、今と少し状況が変わってきます。先ほどとメリット、デメリットが逆転します。能力を伸ばすチャンスはあるし、差別をされることもありませんが、受けられる支援は減ります。可能性は開けていますが、不安があるとも言えます。
 

それに、もし後者の結果が出たとしたら、2つの病院で別の診断結果が出ることになります。私はどちらを信じたらいいのか、そもそも薬を飲んでいる状態で正しく結果が出るのか、などいくつか疑問が出てきます。
 

発達障害
 

病院を変えたら「障害者」になったり、ならなかったりすることなんてことがあり得るのか。自分のケースだからこそびっくりしているのですが、落ち着いて考えてみればそういうものなのかもしれません。
 

たとえば、発達障害の人が生まれる割合は時代によって変わらないはずですが、私が小学生だった20年くらい前は「発達障害」の人なんて周りにいませんでした。そもそも「発達障害」という言葉が広まっていなかったからです。
 

きっと今なら「発達障害」と呼ばれるような子でも、ふつうにクラスの中にいたのだと思います。私もそのうちの一人でした。そういう子は「障害」とはみなされず「ちょっと浮いている子」「変わった子」という扱いをされているだけでした。
 

今では「発達障害」の診断をされている人がたくさんいますが、いきなり「発達障害」の人たちが新しく生まれたわけじゃありません。すでにいる人たちの中から新しいカテゴリーが生まれただけです。分け方や線引きの仕方が変わっただけとも言えます。
 

境界線上に立っている私のような人は「グレーゾーン」や「ボーダー」という呼ばれ方をします。何かが一つ変われば、どちらに分類されるかわかりません。どんな結果が出たとしても、どこにもイマイチ所属しきれない不安感があります。
 

そう考えてみると「発達障害」の人たちが新しく現れたように、数十年後にはまた新しい「障害者」が出てきたりするのかもしれません。このままいくと「障害」の種類や「障害者」の数はどんどん増える気もします。制度や診断基準が変わったり、医療が進歩されたりして、今いる「障害者」が「健常者」に変わることもあるんでしょうか。
 

私は、今の「障害者」の線引きをどこまで信じたらいいのかわからなくなってきました。そもそも「障害」って何ですか?
 

記事をシェア

この記事を書いた人

森本 しおり

1988年生まれ。「何事も一生懸命」なADHD当事者ライター。
幼い頃から周りになかなか溶け込めず、違和感を持ち続ける。何とか大学までは卒業できたものの、就職後1年でパニック障害を発症し、退職。障害福祉の仕事をしていた27歳のときに「大人の発達障害」当事者であることが判明。以降、少しずつ自分とうまく付き合うコツをつかんでいる。
自身の経験から「道に迷う人に、選択肢を提示するような記事を書きたい」とライター業務を始める。