手術痕を優しく撫でてくれる彼氏がほしい。

約10年前、私は難病を患っていることがわかりました。
 

リンパ脈管筋腫症。それが私の病名です。
 

難しいことは分からないけれど、肺の表面が風船のようなものでボコボコになっていること、それと、左の腎臓におおきな腫瘍があること。その症状だけはわかっていました。
 

リンパ脈管筋腫症
 

ある日いつものように泌尿器科の診察に行くと、普段は優しい笑顔の先生の顔が曇っていました。嫌な予感がしました。
 

「一條さん、あのね、今日は話さなきゃいけないことがある。ほら、腫瘍、また大きくなってるんだよ。これ以上大きくなって出血したら、いのちにかかわる。取ろう。」
 

嫌な予感的中。私は入院、そして手術をすることになりました。
 

腫瘍だけを取るのは難しいため、腎臓ごと摘出するということ。その際、出血が多量になることが見込まれるので、事前に足の付け根の太い血管を殺す処置をして、出血を抑えるということ。手術としては中レベル、5時間程度の手術になること。
 

この3つが先生から告げられましたが、それよりもなによりも気にかけてくれたのが、お腹を切った際の「キズ」のこと。
 

大きくなってしまった腎臓の摘出のために胸の下からおへその上まで、切らなければならず、その際、どんなに綺麗に縫っても跡が残ってしまうことを、先生は申し訳なさそうに私に伝えてきました。
 

「傷跡がなるべく目立たないように綺麗に見える縫い方をするからね。」
「一條さんはまだお嫁に行ってないのに。こんな大きな傷をつけてしまって申し訳ない。」
 

先生は手術までに何度も私に言ってくれました。
 

私自身、身体に傷がついてしまうことを良くは思っていませんでしたが「一体どんな傷なのか」「そんなに目立つのか」「どのくらい生活に支障が出るのか」は手術が終わらないと分からないなとぼんやり思っていました。
 

手術痕
 

手術前日に足の付け根の血管を殺す処置をしましたが、痛みで寝られず、何度も強い痛み止めを打ってもらいました。強い薬の副作用で何度も吐き、看護師さんにずっと腰をさすってもらって、手術の朝を迎えました。
 

早く気絶したい。そんなことを思っていました。
 

手術が終わっても、痛みに苦しみました。退院する頃には体重は5kg減っていて、やつれきった状態。帰宅して自分の傷跡の処置をするとき初めて、その傷跡をみました。
 

真っ赤にぷっくりと腫れ上がり、真っ直ぐに身体についた線。
 

「時間がたてば薄くなるからね」とおまじないのように何度も伝えてくれた先生の言葉を信じてはみたものの、これじゃあ海もプールも銭湯も行けないやと私は小さく絶望しました。
 

手術後の外来で先生はこう私に言いました。
 

「傷跡があることで何か言ってくる男の人とは付き合っちゃだめ。この傷跡もまるごと愛してくれる人が必ずあらわれるから。そういう人と付き合いなさいね。」
 

恋人
 

それから約7年。
 

未だにそんな素敵な人とは出逢ってはいないけど、男性の前で裸になる瞬間は何度か訪れました。
 

彼らは気付いているはずだけど、何も言いませんでした。それは間違いなく彼らの優しさだし、感謝しています。
 

好きな人の前で裸になるとき、いつも傷跡のことが頭をよぎるけれど、もしかしたら、それも含めて愛してくれているのかもしれません。
 

この傷は、私があのとき苦しくても辛くても、とても頑張ったという印。
そして、これからも生きていくんだという印。
 

この傷跡もまるっと受け入れてくれる大好きな彼に愛してもらって、いつか、この傷跡を優しく撫でてくれたり、キスをしてくれたりする、そんな素敵な彼に出会えることを信じています。
 

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