21歳、借金1000万円の日々から得た教訓。社会はやり直しがきく。

1000万円。これは私が21歳の頃に作った借金の額です。
 

小さい頃からプロ野球選手を目指し、練習に打ち込む日々。野球しかしてこなかった、野球しか知らなかった私は、大学3年生の頃に挫折しました。自分自身の伸び悩み、周囲との比較など様々な理由はありましたが、その音が聞こえるほど、心がポッキリと折れました。
 

プロ野球選手という目標を失った瞬間、生きる意義がなくなったと同時に「社会という自由」を知りました。
 

ストイックな生活から、欲求のままに身を任せる日々へ。遊びやギャンブルに明け暮れ、お酒と女性に溺れる。金髪にピアス、周囲を傷つけるかのような目つきで街を練り歩く。夢も目標もない自分にとって「遊ぶ」ことだけが唯一現実から逃げられる手段で「幸せな奴はみんな死ねばいい」そう思う日々でした。
 


 

そんな中、ちょっとお金がないからとなにげなく借りた10万円が、気がついたときには1000万円に。借金は知らぬ間に大きく膨れ上がっていました。私は、お金について何も知らなかったのです。
 

借金の返済に追われ、雑誌の裏に書かれた怪しい金貸し、街金と呼ばれる高利貸しからお金を借り、そしてまた、その返済に追われる日々。「明日までに30万用意しなかったら…」と脅されることも日常茶飯事で「いつ死のうか」とばかり毎日考えていました。
 

しかし、死ぬ勇気はなく、自らの命を絶つことはできませんでした。夢に破れて、いつ死んでもいいと自暴自棄になっていた自分、みんな死ねばいいと思っていた自分がいながら、最後は生にしがみついていました。
 

死ねないのに、死んでいるかのような日々を送っていた中で、いつも頭によぎっていたのは野球のことでした。読む漫画は野球、観るのも野球、たまにやるのも野球。
 

やっぱり野球選手になりたいんだ。
 

一度死のうと思ったのなら、死ぬ気でもう一回やってみようという気持ちが芽生え、堕落的な日々からの脱出が始まりました。様々な方の協力で借金は完済させることはできましたが、挫折・自堕落・借金苦、そして完済までの過程で、家族も友人も恋人も失い、そして、私の身も心もボロボロになりました。
 

世間を知らないことがこんなにも自分自身を苦しめ、何もかも奪っていくのか。喪失感に絶望感。必死にやり直して、勉強してきた今だからこそ、余計に身に沁みます。それでも、振り返ってみると得たものが多かったかもしれません。
 


 

人生はロールプレイングゲームのようなものです。冒険に出発するには地図があったほうがいいように、人生にも知識と情報と人脈があったほうがいい。知識を得るには勉強が必要で、情報を得るには得ようという心構えが必要で、人脈を得るにはまず与えることが必要で。これを意識し、実践するだけで驚くほど世界が変わりました。
 

21歳の頃の自分なんて「失敗のフルコース」のようなものでしたが、それもひとつの経験であって、逆のことをすれば状況や結果も変わるはずだと信じ、やらなかったこと・できなかったことをすべてやるようにしたら、面白いくらいに環境が変わっていきました。
 

失敗は誰もが怖れるけれど、誰もが必ずしていること。それをどう活かすかがとても大切なのだと分かりました。
 

知っていること、経験があること、いろいろな人間との関わりが多ければ多いほど、悩みから脱出できる速度は変わります。
 

学ばない、得ようとしない、与えない、他人を批判非難する、マイナス的な思考に陥る。こういったスパイラルに入ると、どうしても自分自身を責めるようになり、生きづらさを感じやすくなります。少しでも早くそこを抜け出すには、小さなことでもいいから「自分にとって嫌なこと」にチャレンジしてみるといいのかもしれません。私の場合は「ありがとう」という気持ちを持つことでした。
 

借金を背負った私は、大人になって初めて社会の恐ろしさを知りました。しかし、社会はやり直しがきくことも知りました。自分自身を苦しめるのは、無知で閉鎖的な視点を持った自分自身。その苦しみから救い出してくれるのは、自分の意識と行動の結果なのです。
 

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