「親亡き後」のために備えておくべきことー相続の専門家 司法書士神谷直さんに聞く。

障害のある人は親と同居している人が多い(※1)というデータがあり、障害者を巡る社会問題のひとつとして「親亡き後」の話題がクローズアップされるようになってきています。
 

では、親が亡くなったとしたら、具体的に何が困るのでしょうか?どんな準備をしておく必要があるのでしょうか?今回は相続の専門家であり「親亡き後」の取り組みに熱心に活動されている神谷司法書士事務所の神谷直さんにお話を伺いました。
 

神谷司法書士事務所の神谷直さん

 

「親亡き後」の一番の問題点とは?

 

ー神谷さんが関わる「親亡き後」にまつわるお仕事の内容を教えていただけますか。
 

現在、神奈川県川崎市にあるNPO法人かわさき障がい者権利擁護センターで障害者の「親亡き後」の相談に乗っています。この団体は川崎市内の5つの親の会が自主的に集まって「障害がある我が子の、親亡き後も含め、一生涯に亘って権利を擁護する」という目的で設立されました。例えば、最近の話でいうと、30歳の知的障害のある方のお父さまが60歳で亡くなられました。その場合、遺産分割ができない事態が起こり、相続の手続きが滞ります。そのようなことがないように、事前に、遺言書の作成や成年後見といった対策を案内します。遺言書がないと、やはり相続手続きの過程で成年後見人を選任する必要が出てきます。その手続きを速やかに行い、遺産分割を完成させることが私の関わる「親亡き後」の支援業務です。
 

ー神谷さんが考える「親亡き後」の一番の問題を教えてください。
 

「親亡き後」の問題で一番大きいのは、子どもの友人・知人がいないという問題だと思います。親が元気なうちは親がいますし、親のつながりで我が子を知っている人が多少でも周りにいると思います。しかし、親も高齢になり、そして「親亡き後」となれば、我が子の周りに友人や知り合いがいないという環境が一番の問題だと思います。たしかにお金の問題も大切です。だからこそ、親は少しでも子供に残そうとします。しかし、お金があっても、温もりのある人間関係がそこになければ、我が子の人生は幸せとは言えないのではないでしょうか。私は相続を専門としている司法書士という職業柄、「親亡き後」の相続やお金に関して相談されることが多いですが、じっくりと事前の対策を立てて、時には法的な仕組みを利用することで、解決できることが多いと思います。ただ、人間関係作りは、なかなか難しいものです。
 

ー神谷さんが「人間関係が一番の問題」と考えるようになったきっかけがあるのでしょうか?
 

「親亡き後」の問題の対象となるのは、知的障害や精神障害を抱えている方が多いですが、その中でも、本来形成されていくはずの様々な人間関係が親子の間だけになっているケースです。人は学校に通い、友人ができ、仕事に就けば職場の人間関係が生まれます。結婚して自分の家族を増やすこともあるでしょうし、地域の知人もできかもしれません。しかし、そのような人間関係を形成する機会がないと、親が亡くなると誰も周りにいないことになります。特別に親しい人がいなくても、なんとなく一緒にいてくれる人、他愛もない会話や関わりをもってくれる人がいることで、人は幸せを感じるのではないでしょうか。それは、健常者であっても障害があっても同じでしょう。どうしても、先立つものとしてお金も問題が気になりますが、人の幸せって何だろうと考えると、やはり「人の温もりを多少でも感じることができる人間関係」だと私は信じます。その観点からすると「親亡き後」の最大の問題は本人の孤立だと思います。お金だけ残したとしても、解決できないのです。
 

ー障害の有無など関係なく、共に暮らしていた親が亡くなれば、なんてことのない会話をする相手や、隣にいてくれる人がいなくなってしまいます。その虚無感や不安感は堪え難いもの。たしかに、お金の問題以上に辛い問題となり得る話です。
 


 

「親亡き後」になる前に見つけておきたい成年後見人

 

ー冒頭でもお話されていた成年後見人。法務省のサイトには「認知症や知的障害、精神障害により”判断能力が不十分”とされた人の財産を守る人(※2)」とあります。
 

成年後見人の仕事は財産管理と身上監護の二つです。本人の財産が安全につかわれるようお財布を管理することが財産管理です。一方で、本人がその人らしい生活を送れるよう在宅から施設への移転のサポート(入所契約の締結)や在宅介護サービスの選択及びその契約をするのが身上監護です。どちらかというと、財産管理の仕事が主になりがちです。成年後見人は事実行為をすることができないので、衣食住はヘルパー・介護サービス、病気や健康面は看護師といったように、複数の専門家が一緒になって本人をサポートします。親ではないので本人の全てをサポートすることはできません。専門家同士が相談しあって、親の代わりを務めるというイメージです。その中で、成年後見人は何にお金を使うか、今後の生活の方針を立てる等といった重要な役目を担います。具体的な生活のお手伝いはできないのですが。
 

ー「親亡き後」にはたくさんの職種の方が関わる必要があるんですね。
 

そうなんです。親ってあらゆる役割をワンストップでできるんですよね。親以外が担うとなると分業制でやらざるを得ないと思います。したがって、サポートしている方々が定期的に集まってミーティングを開いて情報共有をする必要があります。
 

ー親以外の人間関係を築くことが難しい人にとって、成年後見人は「親亡き後」の数少ない「関わりをもつ人」になります。では、成年後見人を選ぶ上で大切なことがあるのでしょうか?
 

成年後見人って、障害のある子どもだとけっこう長く関わることになるんです。だから、杓子定規な人ではなく「人それぞれ、その人らしい生活がある」ということを感じてくれる人がいいですね。例えば、ディズニーランドが大好きな子どもがいたとします。入場料が大体7000円、ご飯も中で食べると一人あたり1万円近くの出費になります。これを高いと思うかどうかは人によって違います。本人がディズニーランドを何より楽しみにしており、ミッキーに会うことが生きがいというのであれば、それは必要な出費と理解するべきです。
 

ーたしかに!それこそ遺された大事なお金をディズニーランドに使うの?と言い出す方もいるかもしれませんね。
 

親御さんからは「この子は年1回のディズニーランドをとても楽しみにしているんです。だから、これは必要なお金なんです」ということを成年後見人に伝えておきます。その上で「なるほど。これは必要なお金として認めましょう」と気持ちを汲んでもらう必要があります。何も知らなければ「近くのショッピングモールの遊び場だったらともかく、ディズニーランドは高すぎる。必要経費にあたらないから、お金は出さない」という判断を下すかもしれません。
 

ーそれは寂しいですね。
 

だからこそ、なるべく早い段階から「後見人になってくれそうな人は誰かな?」と探しておく必要があります。相性や価値観の問題もあるので、その辺をよく観察して、候補になる人をみつけましょう。親として関われなくなれば、代わりにやってくれる人を見つけるしかない。もしそれが兄弟や親族にいればいいけど、いなければ探すしかありません。そして、自分が元気なうちに成年後見人になってくれる人に伝えておくことで、親亡き後も子供が以前と変わらない生活を実現できるようになれると考えたいですね。
 


 

成年後見人を見つけるのは「子どもが30歳」がちょうどいい。

 

ー生活をしていく上で、財産管理は信頼できる人にお願いしたいものですが、そのうえで「自分にとって大切なもの」を大切に考えてくれる人じゃないと嫌ですね。神谷さんのお話を聞くとつくづく感じました。
 

成年後見人探しは親が死んでからでは遅い。子どもからすると「この人だれ?」となってしまうので、信頼関係は築きづらい。死ぬ前に誰かにバトンタッチしておかなきゃいけないのですが、それには、時間がかかります。
 

ー成年後見人を探し始める目安ってあるんでしょうか。
 

個人的には「子どもが30歳で親が60歳くらいのとき」から考えるのがいいと伝えています。平均寿命が伸びているので、もう少し親御さんの年齢が後ろのときでもいいかもしれませんが、突然死のリスクなども考えると目安は子ども30歳の頃ではないでしょうか。親にはなれないけど、好意的に関わりをもってくれるお兄さん、お姉さん探しと思っていいと思います。
 

ー成年後見人に支払うコストはどれくらいですか。
 

管理する財産にもよりますが、だいたいは月2万円程度、年間24万円を目安にしていいかなと思います。成年後見人に専門家がなるとその報酬額を家庭裁判所が決めることになっています。この報酬額を毎年払い続けていくことは簡単ではありません。ただ「親亡き後」においては必要になる制度ですので、あらかじめ目星をつけておいて、望ましい人になってもらいましょう。
 


 

親が亡くなると「自分らしさの代弁者」がいなくなる。だからこそ、生きている間に引き継ぎをしておくことが重要になってくるのかもしれません。
 

今回、神谷さんには「親の役割」と「バトンタッチしていくこと」についてお話を伺いました。子どもは、親が亡くなった後も生きていくもの。神谷さんは「親が亡くなっても、他の人間関係ができていれば生きていける」とおっしゃっていました。
 

「親亡き後」は障害者だけの話ではありません。最近ではひきこもり家庭などでも議論されていることです。「親亡き後」に備えることは、子どもの人生の優先順位を明らかにし、その上で周りの協力を得ること。これは、障害がなくても、親が健康であっても、日々の暮らしを送る上で大切なことです。
 

(ライター:森本しおり)
 

※1 内閣府 平成25年度版 障害者白書

(平成25年度版のデータが一番分かりやすいものでした)
 

※2 法務省「成年後見制度」

 

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Plus-handicap 取材班