発達障害の1つといわれる「自閉症」。統計調査によると、実に「68人に1人」が自閉症だと言われています。言語発達の遅れ、感覚過敏、特定の物や行動に対する強いこだわり、他者とのコミュニケーションが苦手などの症状が見られる自閉症。実際に、自閉症のお子さんやその親御さんの多くが、日常生活の中で様々な困難を抱えながら生活しています。
「特定非営利法人 ADDS」は、新宿と荻窪に事業所を構え、自閉症児を支援する人の“学びの場”を提供している団体です。今回は共同代表のひとりである熊仁美さんにお話を伺ってきました。
お子さんと親御さんが毎日通われる教室の中で実施した今回の取材では、通所してきたお子さんが「キャー」と楽しそうに入室し、その後を追って、親御さんとADDSのスタッフさんが教室内にある個室の中へと入っていく姿を目の当たりにしました。その様子を背中に、「親御さんにも積極的にトレーニングに参加してもらっています」と語る熊さんは、自閉症児支援において、特に「親御さん」に対する支援にこだわりをもっています。
子どもに障害があると分かったとき
ADDSが実施している自閉症支援は「保護者トレーニング」と「セラピストの育成」が2つの軸。「自閉症当事者の子ども」に対してではなく、当初から「その家族」をアプローチ対象として絞っていたそうです。直接子どもを支援する方法には限界があり、支援が広がりにくいと感じたことから「自閉症の子どもたちを取り巻く大人達」を育てるスタンスを徹底してきました。
「私たちは就学までのお子さんが支援対象です。その年頃の子どもって、やはり家にいて親御さんと過ごす時間が1番長い。子どものことを1番よく知っていて、育てていく上でベストな環境をつくることができる存在は「家族」なんです。私たち「支援者」はそのサポートをする必要があります。」
自閉症はそのほとんどが子どものときに判明するもの。自分の子どもに障害があると分かったときのご家族の心情は、なかなか説明することが難しいものです。
「親御さんにもいろいろな状態の方がいます。お子さんへの関わり方で困ってはいるけど「この子の感性を伸ばしてあげたい!」「自分の力でどうにかしたい!」という前向きな気持ちを持って、自分で調べてこちらに来られる方もいますし、その一方で、乳幼児健診で発達の遅れが見られて、行政から紹介されてとりあえず来てみたという方もいます。前者のほうが意欲的で支援が上手く進みやすいんですが、その層だけにアプローチするのは本質的ではありません。」
後者の中には「ADDSさんでやってくれるんでしょ?」と支援者に任せっきりになってしまう方も多くいるような気がして、その分、支援の現場で苦労しそうな印象を覚えます。ただ、もし自分の子どもが自閉症だったらと考えると、任せっきりにしてしまう気持ちもなんとなく分かるような気がします。
親御さんを「依存」ではなく「自立」させるサポートを目指す
困っている親御さんの中には、「もう駄目だ」と精神的なダメージが大きい方も多くいます。「自分のやること成すこと全てお子さんに届かない」というストレスや、自分ではどうにもできずに人に任せるしかない辛さを抱えている方もいて、中にはメンタルサポートを受けたいと考えている親御さんもいらっしゃるはずです。ただ、ADDSさんではあえてメンタルへのアプローチを行いません。
「【心に寄り添う】という抽象的で外から効果が見えづらいことよりも、「お子さんには今このような課題があり、改善のためにこの方法を実施していきましょう」と具体的に提案していくほうが、より高い効果を得られます。もちろん、傾聴や寄り添いが必要な場合もありますが、やはり実践の中で「子どもと目が合った」「コミュニケーションが通じた」などの具体的な変化を感じることが、親御さんにとっては1番の喜びなんです。」
「親御さんとお子さんには、週1回の通所を1年間継続してもらいます。親御さんには毎回宿題を出し、その結果を記録用紙に記入してもらいます。わりと大変そうではありますが、親御さんにとっては「なにをやっていいか分からない」「やることがなにもない」状態よりもずっと心が安定しますし、記録を取って継続することで子どもの変化も確実に見えるようになります。愛情が一番必要なことは間違いないと思うんですが、ロジックも大事なんです。変化した事実を捉えていくと、成長した過程が見えてくる。結果として、育児も楽しくなったり、家族として前向きに歩んでいけるようになったりするんです。」
親御さんの支援において、ADDSさんが1番注力していることが「親がセラピストと同じように家でも療育を実践できる」という状態で卒業してもらうこと。卒業した後の親御さん向けにも、家庭教師のような療育サポートや通所型でお子さんをサポートする「学びの広場」というサービスもありますが、それらを上手く利用してもらいながら、基本的には自宅で療育を進めるスタイルをとります。
「私たちが「就学前の児童発達支援」という国の指定を受ける形で事業をしている背景には、卒業後も私たちに「依存」している状態ですと、支援が途切れたときに自分たちで考えられなくなってしまい、社会に投げ出されてしまうんですね。私たちは「ここを卒業した後は家で親が実践する」という文化を親御さんと共有したいと思っており、その文化は実際に浸透してきています。」
卒業後も継続して療育を行い、子どもと良い関係を築いている親御さんは、今まさに悩みながらトレーニングに取り組んでいる親御さんにとっては良いお手本になります。そんな「ロールモデルママ」が後輩ママに体験談やアドバイスを行う機会をつくっています。
「ロールモデルママにインタビュー形式で講演していただいて、いろんなことを伝えてもらっています。ロールモデルママは後輩ママにとっての「希望」です。この役割は私たち支援者ではなく、親御さんにしかできないことなので、私たちとっても非常に頼りになりますし、勉強になります。」
自閉症支援によって、お子さんがどのような状態になることを目指すのか。ADDSさんでは、「IQ(知能指数)をその子の年代の平均値くらいまであげる」「大人や同年代の子どもとコミュニケーションができる」「集団の中に適応できる」という3つを抑えていけるように、プログラムを進めていくそうです。この3つを達成できると、通常学級に進学しても良い状態になっていることが多く、親御さんにとっても分かりやすい指標となります。ただ、「通常学級への進学」が目指すべき理想かというと、それだけがゴールではないと熊さんは仰います。
「「通常学級でも適応できる」というのは1つの分かりやすい目標ではありますが、ゴールは必ずしもそれ1つではありません。先ほどのロールモデルママのお子さんが、みんな通常学級に進学しているかというとそうではなく、特別支援学級に進む子もいらっしゃいます。通常学級の方が良いと思われがちですが、そんなことはありません。療育を通じてお子さんのことを知り尽くしているからこそ、「今は通常学級だとしんどいかな」と、親御さんが特別支援学級を希望する場合もありますし、一人ひとりに適した環境があるはずです。」
ADDSさんが掲げる未来へのアクション
今の事業所で実施している親御さん向け研修プログラムの更なる拡大を目指しているADDSさん。その拡大方法については思案中とのことですが、「フランチャイズ」や「起業支援」という形で、研修を受けた人材が自分で事業所を開くという形を考えられているそうです。
「私たちも新宿・荻窪と東京23区内で展開していますが、こういった支援は首都圏に集中しています。支援にまつわる地域間の格差はかなりあります。私たちの元で一緒に働いた仲間が地元に戻って、地方で起業する人が出てきてほしいなあと思っています。3年後くらいには最初の起業者が出るようにしたいですね。」
就学後に自閉症が発覚して学校環境の中で困難を感じているお子さんも増え、また、その生徒に関わる先生も「どう関わったらよいのか」と悩まれていることが多いそうです。学校の先生や教壇に立つことを夢見る学生も「子どもたちを取り巻く大人達」に含まれる存在。「自閉症」という少し重いテーマをどのように伝えていくのかも模索しています。
「自閉症を考える企画」って、やっぱりなんだかちょっと重いので(笑)、ある程度キャッチーなイベントを開催する必要があると感じています。「自閉症を学びに行こう」というよりも「謎解きゲームあるから行ってみない?」の方が、元々興味のない方でも気軽に来られると思うんですね。たまたま楽しんだ謎解きゲームが、自閉症を知るきっかけになったり、支援について考えてみたり。そんな機会を創っていければいいなと思っています。」
冒頭にも書きましたが、68人に1人が自閉症といわれています。子どもを持つ親御さんや先生以外にも、自閉症の方と関わる機会が増えてくるのではないでしょうか。私たちが書くこのような記事でも、知るきっかけのひとつとなればと思いますが、謎解きゲームのようなアクティビティから自閉症の世界を体感することもそのひとつ。まずは知ることから始めてみませんか。
特定非営利活動法人ADDS
http://www.adds.or.jp/