「就労」まで見据えた特別支援の現場をつくる ―日野公三さんが語る障害者就労のリアルと挑戦

「小学生以降の発達障害支援は、未就学児の支援よりも難しい」先日ある取材でこのようなお話を伺いました。幼児期に発達の特性が見つかった子は、早期にトレーニングを受けて、発達の遅れを取り戻したり、集団の中で生活できる能力を身につけたりできます。しかし、すべての子が未就学の間に発達障害を診断されるわけではありません。もし就学後に発達の遅れが見つかった場合には、たとえ「難しい」中でもその子の状況に合わせた支援が必要となるでしょう。
 

今回お話を伺ったのは明蓬館高等学校校長の日野公三さんです。明蓬館高等学校は、もともと構造改革特区の法律を活用して民間企業の発想で設立された私立の広域通信制高校で、発達に特性を持つ高校生を積極的に受け入れています。同じ法人が運営しているアットマーク国際高等学校(日野さんが校長)に2007年入学した東田直樹さん(現在、自閉症作家として世界的に著名)とその家族と接して以来、特別支援教育に関する専門性をさらに高めていく必要性と社会的ニーズを感じたことが、明蓬館高等学校開校のきっかけになったのだそうです。その日野さんが、実際にどのような教育現場づくりをされているのかお聞きしました。
 

明蓬館高等学校校長の日野公三さん
明蓬館高等学校校長の日野公三さん

 

ひとりひとりの強みと関心を伸ばす「療育」

 

平成25年4月。通信制高校の明蓬館高等学校に「スペシャルニーズ・エデュケーションセンター(略称SNEC)」という特別支援教育コースができました。こちらは、発達障害の支援スキルを持った職員と心理士が常駐して、発達に課題を持つ高校生が普通科高校教育と特別支援を同時並行に受けることができる療育機関です。
 

「発達障害の特性が原因で学校に馴染めずに不登校や引きこもりになる、医療機関で投薬を受けて心身面での不調が出ている、そのような子どもたちに教育と福祉の両面から対応できるようしたい」という想いでSNECを設立しました。

 

入学前に必ず複数の心理検査・発達検査を行い、その結果に基づいて個別の教育支援計画「IEP」を立てるSNEC。生徒ひとりひとりの特性と強みを見て、確認することが目的です。
 

KABC-Ⅱという心理検査がおすすめで、学習特性や認知特性を細かく検査することができます。短期記憶が得意な子もいれば長期記憶が得意な子がいて、数学でも計算や図形問題など単元毎に得意不得意が違ってきます。その結果に対して、その子のどこが「劣っているか」ではなく「秀でているか」を見ていきます。苦手なことを克服することも大事ですが、生徒の強みや得意なことを伸ばすほうが良い結果が出やすいのです。

 

SNECでは、生徒自身が自分の興味のあるテーマで自分に合った方法で学習成果物(証拠物)を作成し、その「成果物」を評価します。私も以前生徒の成果物を見せていただいたことがあるのですが、文章はもちろん、写真や絵を駆使してレポートをつくったり、実際に料理や作品をつくって成果物として提出していたり、あるいは検定試験や模擬試験を受けることでその成果を提出したり、その内容も形も生徒によって様々でした。
 

成果物の内容は、生徒の興味のあることであればなんでも大丈夫です。テストの点数だけで評価するという考え方は一切捨て去って、本人の趣味・特性・関心を伸ばしていきます。成果物学習を通して我々も「その子が夢中になってのめり込めること」を見極めていき、その子にあった進路を考えることができるんですね。特別支援学校で重視される、生活単元学習など日常生活スキルの指導・支援、遊びの指導を通した交友関係構築支援も、個別の教育支援計画と成果物学習の一環として、生徒本人の自主性を促しながら進めています。

 

学校で成果物作成に取り組む生徒たち
学校で成果物作成に取り組む生徒たち

 

「障害者の進路は選択肢が少ない」就労を強く意識した学校現場づくり

 

「生徒ひとりひとりに合った進路」を実現することは、その言葉ほど簡単なものではないと、私自身がかつて教育の現場にいた中で感じていました。特別支援学校の卒業生の進路は、一般就職できるのが全国平均で全体の25%。65%が作業所勤務で、残り10%は進路がないのが現実です。
 

特別支援学校の生徒たちが選べる進路は、木工、農園芸、食品加工、清掃(ビルクリーニング)、手工芸、軽作業等が中心で、選択肢が限られています。今は学校施設・設備やコースも充実していたりして、お菓子のパティシエや焼き物などの仕事体験はできるのですが、チームによる就労やICTツールを使いながらコミュニケーションを伴う就労スキルを身につける機会は少なく、結局就職率の向上や就職後の定着に結びついていないのが現実です。これは学校もかなり悩んでいるところです。

 

この問題を解消するにあたり、明蓬館高等学校は、障害者雇用で実績のある株式会社アイエスエフネットと提携しました。アイエスエフネットは障害者の就労移行支援事業を行うと同時に、自社でも経理や人事、プログラミング、コールセンター、カフェやレストランなど、障害者の働ける多くの就労現場を持っています。この2者が提携することによって、高校で生徒の特性や関心分野を見極め、卒業後は多様な選択肢からその生徒に合った仕事に繋げることが可能となりました。
 

SNECでは、その生徒の強みを見極めて伸ばしつつ、高校の間に実際に働くことのイメージを会得した上で進路を考えます。働く現場により近い、「生きた仕事」を学べる教育現場づくりが必要だと私は考えています。

 

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SNECの中には大学や専門学校などの「進学」を選ぶ生徒もいます。SNECを開設する前は、大学に進学したけど合わずに辞めてしまう生徒や、専門学校で好きなことを学んだけどその後就職できずにニートになってしまうケースもあったそうで、「『生きた仕事』を学べる教育現場」をつくることは、就職と進学、どちらを選ぶ生徒とっても非常に大切なことだと日野さんは語ります。
 

まずは高校のうちに、支援員や相談員(心理士)と一緒に試行錯誤しながら生徒に合った進路を考えます。進学を希望する場合でも「本当にこの大学・専門学校でいいのか」「その先に自分のやりたい仕事があるのか」と本人も自問自答しながら、本人に適した道を慎重に考えなければいけません。ただ、進学したのに万が一躓いてしまう場合もありますが、その際に「就労」というセーフティネットを用意できるのが望ましいですよね。

 

様々なパートナーと連携して障害者の「社会参加」を支援したい

 

現在SNECは、品川や青山を始め、全国各地に拠点を置き始めています。最近では本厚木で放課後デイサービス事業をしている事業者と提携した「明蓬館SNEC本厚木」や、NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボと提携した「明蓬館SNEC横浜・関内」が開校し、着々と生徒の受け入れ準備をされています。
 

提携パートナーは基本的に相手からSNECとの提携の申し出がくるそうで、今は心療内科のような医療法人からも提携要請のお話がきているとのこと。医療法人と提携すれば、療育と医療のアプローチを同じ場所で全部行うことができるようになるそうです。
 

私の理想は「教育・福祉・医療・就労の壁を低くして連携を取りやすくすること」です。その4つの間にはそれぞれ壁があって、教育現場で医療検査の紹介をされても、生徒本人が重い腰を上げて動くまで、さらには申し込んでも実際検査が行われるまでに数ヶ月から半年かかることがあるんです。そうではなく、生徒が慣れた教育現場の中で、もし検査が必要になったら「来週ここで検査するからね」と言える環境が必要だと思っていました。教育と福祉と医療と就労をワンストップでできることが悲願でした。

 

全国の多種多様な機関から提携の声がかかるSNEC。最後に、日野さん自身は、今後どのように支援を展開していきたいと考えていらっしゃるのか伺いました。
 

教育・福祉・医療、そして就労まで見据えて各機関が連携された風通しの良い学校の在り方が望ましいと思っています。我々がお預かりする高校生の年代になると、もっと社会に近い学びの場が必要になるはずなので、そういう『生きた仕事』と繋がるような方や団体とパートナーとなって、今後もSNECもつくっていきたいと思っています。

 

SNECのホームページ http://www.at-mhk.jp/lp05/
SNECのホームページ(スクリーンショット)
http://www.at-mhk.jp/lp05/

 

「障害者福祉」と言いながら、障害者は福祉の対象でしかなく、障害者自身が社会参加をして自己有用感(生きがい、やりがい)を感じられることができず、結果として税を納められない現実があります。障害者福祉というのは、障害者がいかに社会に参画して幸せな一生を生きるのかということ。また、保護者なき年齢になっても老後の蓄えが得られる社会は望ましいと思います。アイエスエフネットは全国各地に事業所があって、そこにSNECを併設していこうと言っていただいています。そうして様々なパートナーさんと組んで、SNECに来た生徒が家庭や地域、企業との連携により、安定した家庭生活、職業生活の基盤となる生活スキル、学習スキルの獲得や、コミュニケーション力の向上をはかっていきたいですね。

 

発達特性も含めた生徒ひとりひとりの強みと関心を引き出し、育て、社会参加に繋げていく。日野さんが挑戦している学校現場づくりには、「障害者にも自己実現する権利が当然ある」とおっしゃる日野さんの強い信念を感じました。
 

明蓬館高等学校の中でイキイキと楽しそうに過ごす生徒たちの姿を私も以前に拝見し、生徒たちにとってこの学校が「居場所」になっていることを感じました。しかし、特別支援の現場を居場所にする子ども達が、一歩外に出るとうまく人や社会とつながれずに挫折を重ねるケースも多いと聞きます。
 

生徒の自己実現を本気で目指す想いと仕組みが、この学校にはありました。学校を卒業したあとの進路に大きな不安を抱えている子や親御さんには、ぜひこの日野さんの取り組みを知っていただきたいです。
 

明蓬館高等学校
http://www.at-mhk.jp/

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この記事を書いた人

真崎 睦美

平成元年生まれのフリーライター。前職は不登校支援の仕事に従事。大学時代は教育の道を志す「the 意識高いキラキラ学生」だったが、新卒入社した会社を2か月でクビになり、その後務めた会社を2か月で退社して挫折。社会人2年間で2回の転職と3社の退職を経験し、自らの「組織不適合」を疑い始めてフリーに転身する。前職時に感じた「不登校生は〇〇だ」という世間的イメージやその他の「世にはびこる様々な偏見」を覆していくべく、「生きづらい」当事者や支援現場の声や姿を積極的に発信していく予定。人生の方向性は絶賛模索中。