自閉症の妹が、僕に教えてくれたこと。ファインダー越しに写し出される本当の家族の姿とは。

今から4年前の2011年10月、大学生が制作したあるドキュメンタリー映画が公開されました。映画の題名は『ちづる』。監督である赤崎正和さんの妹の名前からとられました。
 

正和さんの妹、赤崎千鶴さんは自閉症と知的障害をもつ20歳(当時)の女の子。彼女の日常を切り取った本作は、劇場公開が終わった現在でもなお、日本全国で自主上映が行われています。いったい『ちづる』の何が多くの人々を惹きつけるのか。その背景にある、監督の想いとは何なのか。本作の監督である赤崎正和さんにお話を伺いました。
 

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PROFILE
赤崎 正和(あかさき・まさかず)
1988年神奈川県生まれ。立教大学現代心理学部映像身体学卒。知的障害と自閉症をもった妹・千鶴とその家族の日常を切り取ったドキュメンタリー映画『ちづる』を卒業制作作品として発表。以降、全国各地で上映される。現在は、知的障害者の生活介護事業所にて勤務。

 

━はじめに、このドキュメンタリー映画を制作するに至った背景について教えて下さい。
 

すごく簡単に言うと、大学時代の友達に家族のことをカミングアウトしようと思ったのがきっかけです。僕の学科では卒業前に映像作品を作るのですが、大学3年の冬には何を撮るか決めなければいけない締め切りがあったんです。先生と同級生の前で一人ずつ発表しなければいけなかったんですけど、僕は何を撮るか全然決まっていなくて。「次、赤崎。」って言われて、「えーっと…」とか言っていたんですけれども、結局何も発表出来なくて。その後、教授室に呼ばれて、先生と二人で面談をすることになったんです。先生は池谷薫さんというドキュメンタリー監督の方なんですけど、「お前、どうしたんだ?」みたいに言われたとき、自分の生い立ちをわーって話したんです。
 

小学生の頃から、友達の前では妹のことは口に出さない、隠していたところがあったんです。学校の中で「シンショー」という言葉、揶揄するような言葉も流行っていて、そういう雰囲気の中で、自分の妹が養護学校に行っていると言うと、相手がしまったみたいな顔をするし、言わない方が楽しくいられるし、ずっと家族の話題にならないようにしてきたんです。
 

大学に入学した後も、友達も出来て楽しかったんですけれど、やっぱり家族の話は出来なくて、モヤモヤしながら過ごしていました。そんな中、ボランティアサークルに入って、活動するうちに問題意識を持つようになって、障害を持つひとの周りには、色々な問題があるんだなと知ったんです。やっぱり世の中が悪いんだみたいな、世の中が障害をもっている人を差別しているから、自分までこんな想いをするんだみたいなことを思って。そういうことを伝える映画にしたい想いはあったんですけれども、具体的にどうしていいのか、全然判らなくて。
 

面談で「世の中に復讐したいんです」みたいなことを鼻水たらしながら先生に言ったんです。先生はそれをすごく親身になって聴いて下さって「赤崎、じゃあ妹撮ればいいじゃん」って提案して下さったんです。ずっと隠してきたことだったので、その日は嫌ですって言って帰ったんですけれども、だんだんと先生の言葉を思い返すうちに妹撮らないといけないんじゃないかなという気がしてきて。自分にとっては当たり前だった家族のことを言えなかったことが、自分が何かを表現したいと思ったことにすごく関係があるんじゃないかなと考えた結果、先生に「やっぱ妹撮ってみます」と言って。すぐにカメラを買ってという感じで動き始めました。
 

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ドキュメンタリー映画『ちづる』
【2011年/カラー/79分/監督・撮影・編集:赤﨑正和】
重度の知的障害と自閉症をもった監督、赤﨑の妹・千鶴とその家族の日常を切り取ったドキュメンタリー映画。2011年の公開後、学生主体による上映委員会を立ち上げ、上映・プロモーション活動を行う。また、2015年現在も全国各地で自主上映会が催されている。
公式webサイト:http://chizuru-movie.com/

 

━その様な背景があったのですね。ところで、千鶴ちゃんは具体的にどういった種類の障害があるのでしょうか?
 

自閉症と知的障害といった感じです。ちょっと話が理解出来ないところもあるし、一方ですごく勘が良かったり。そのあたりがひとと比べるとアンバランスなのかなと。
 

自閉症の特徴と言われているものとして、見通しが立たないと不安になっちゃう。だから、突然お客さんが来たりすることが妹にとっては嫌だったりするんですよ。自分の中ではスケジュールがあるのに、それを乱されちゃって大変というか。僕は想像するしかないんですけれど。僕らにとってはなんてことのない変更が「明日は埼玉に行くことになっていたのに南アフリカに行くことになりました」みたいな。何だよそれ、ふざけんなよ!くらい大変なのかなと思います。
 

大変なこともありますけど、むしろ面白い面もあるし、それはなかなか言葉では伝わらない。映画にして、多くのひとに見てもらえたら、より伝わるものはあるのかもしれないなと考えていましたね。
 

━「妹を撮る」というのは決まりましたけれど、完成系が見えていない中での制作は、なかなか難しいものがあったと思います。
 

そうなんですよね。特に何かがあるという訳ではないので、地味な日常が本当に映画になるのかなという不安はありました。
 

僕はもともと、妹ひとりだけが出ればいいと思っていました。兄として僕が見てきた視点で色々な面を淡々と繋いでいけば、なんとなく理解してもらえるんじゃないかと。ただ、少しでも面白いものを撮らなくてはいけないと思って、自分と親との喧嘩も一応撮っておいてみたんです。そしたら、そのシーンを入れるか入れないかで先生とすごく揉めたんです。
 

僕たち3人が写っている映像を観ながら「なんでお前はそんなに妹の障害にこだわるの?普通の家族3人にしか俺には見えないのに。差別しているのはお前なんじゃないか。」とおっしゃって、それではっとして。改めて観てみると、普通の家族3人には見えない。障害者のいる大変な家族にしか見えない。
 

自分でも何を伝えたいのか判らないなと思ってしまって、色々なことを思い返してみたんです。電車で独り言を言っているひとを見ると、自閉症かなという眼で見てしまったりしてたなあ。ボランティアサークルで色々なひとに会いにいきましたけど、◯◯さんに会いにいくというより、◯◯という障害をもったひとと触れ合いに行くみたいな発想があったなあって。可哀想なひと、助けてあげなくちゃいけないひと、自分より下のひと。自分のそんな意識にすごく気づかされちゃったんです。
 

自分は障害への差別というものを憎んでいたはずなのに、自分もどこか同じように差別の眼をもっていたのかもしれない。自分も差別主義者なんだということがすごくショックで。思わず、先生の前でボロ泣きしてしまって。
 

そういう自分は嫌だな、ひとりのひととして、ちゃんと妹と向き合えるようになりたいなと思った上で、映画について考えたときに、「妹の障害を友達に伝える」という映画にするのではなく、「独特なキャラクターを伝える」映画にしようと考え直したんです。キャラクターを伝えるために、生まれ育ってきた家庭というものを描こう。母親も、僕も兄として登場して、描いていくことで、妹の色々な面も見えてくると思ったんです。
 

次の日に先生にそのことを話したら、意見が合致しました。本当は色々なシーンを撮っていたんですが、敢えて家族3人にしぼって、基本的には家の中を伝えるように再編集しました。今思えば、あのときの先生の言葉がひとつの転機になったんです。
 

ドキュメンタリー映画『ちづる』本編より。 (左)赤崎監督(中)妹、千鶴さん(右)母、久美さん
ドキュメンタリー映画『ちづる』本編より。
(左)赤崎監督(中)妹、千鶴さん(右)母、久美さん

 

━制作を進めていくうちに、ご自身の価値観が変化していったということですね。反対に、撮影されることを通じて、千鶴ちゃんに変化は何かあったのでしょうか?
 

僕、実は、すごく嫌われていたんですよ。うっとおしいと思われていて。実家に帰ったらだいたい第一声が「いつ帰んの?」っていう(笑)。
 

最初は僕が話しかけても無視。カメラを向けても、やめろみたいな感じであまり撮影出来なかったんですけど、だんだん慣れていって。そのうち、カメラのディスプレイを自分の方に向けて遊んだり、めずらしく向こうから話してくれるようになったりしました。
 

あと、撮影をしていくうちに、僕自身も気持ち的に変わっていった。それまではどこか、ただ変なひとみたいな、宇宙人みたいな感じにしか感じていなかったんですけど、映画を作ろうと決めて、自分の家族のこともちゃんと話せるようになろうと思ってから、妹の障害ってどういう障害なんだろうということも、初めて調べてみたんです。こういう世界観で生きているのかなとか、こういう感じ方なんだなとか、調べるうちにちょっと判ってきて、肯定的に考えるようになって。そういう変化を感じ取って、妹もフランクに接してくれるようになったのかなと。
 

━作品を公開して、その後の反応はいかがでしたか?
 

映画を観てもらって「ちーちゃん可愛いね」とか「赤崎の家綺麗だね」とか。普通の話、そういうのが聞けて本当に嬉しかったです。そういうのに小さい頃から憧れていたので。
 

それと、自分の家みたいな家族って意外とたくさんいるんだなというのは、すごく感じました。頭では薄々わかっていたんですけれども、映画をきっかけに色々なきょうだいのひととも会う機会があって、自分は数あるケースのなかのごく一部というか、自分みたいな感じでくよくよしているひとがすべてじゃないんだなと、映画を上映して改めて気づかされました。
 

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━現在、障害者福祉施設で勤務されているということですが、障害をもつひとと日常的に接している中で、障害者を取り巻く生きづらさについて考えることはありますか?
 

個人的な考えですけど、障害をもっているひとと、そうじゃないひとという分け方はあまり好きじゃないんです。「このひとは知的障害をもっているひと」と考えた瞬間に見えなくなるものっていっぱいあるんじゃないかなと。そのひとの性格とか、向き不向き、どういう人生を歩んできたのかとか。そんなことを話して普通のひととして接するということは、自分としては大切にしています。そのひとがもつ苦手な部分として障害を語るというのはありますけれども。
 

でも現状としては、知的障害の◯◯さんという方が先に来ちゃって、その上に福祉という分野が出来上がっていて、その世界でしか生きられない。そのひとが知的障害者として生きていくことを受け入れないといけない空気。そういうところで、福祉ってすごい”いかがわしい”っていうのを感じることがあって、違和感があるなと感じます。
 

それでも、福祉の現場は楽しいですよ。一番楽しいのは、障害の有る無しとか忘れちゃう瞬間。
 

スペシャルオリンピックスという世界規模でやっている障害をもっているひとのスポーツの祭典があって、年に何回か全国大会があって、そして世界大会があるんですけれども、僕はバスケのチームをやっているんです。
 

新しい試みで、障害をもっているひとだけじゃなく、そうじゃないひとと同じくらいの人数比でチームを組んで戦う、ユニファイドスポーツというのが始まっているんです。先日広島で大会があったんですが、競技中は誰が障害をもっていて誰がもっていないとか関係ないですし、勝負の世界なので遠慮とか要らないんですよ。支援する側・される側じゃなくて、一緒のチームで本気を出してやる。相手のディフェンスを引きつけて、パスして、シュートが決まると、すごく嬉しい。
 

差別を無くしたいとか、色々な想いがあってここにいるんですけれど、何かを一緒にやったりして、ついつい夢中になってその瞬間を一緒に楽しむということは、なかなか普通では味わえない感覚ですね。
 

━障害者を取り巻く生きづらさが少しでも取り除かれるためには、何が必要だと思いますか?また、赤崎さん自身はそのような現状にどのように向き合っていこうと考えていますか?
 

一緒にいるという経験をしてもらわないと何も始まらないなというのはすごく思います。学校ではクラスが分かれちゃったり、学校自体が分かれちゃったり。普通に馴染めないひとは、専門の場所に行くというかたちで強引に分けられてしまっている。こっちの世界とあっちの世界になってしまっているので、障害のある子供と一緒に遊ぶ機会も無ければ、知り合う機会も無い。
 

そんな中で、いきなり障害をもっているひとですって言われても「えー、なにそれー。」みたいな感じになるのは、そりゃしょうがないというか。理解してとは自分ではあまり言えないなと。知識としてそういうことを知りましょうと言われても、それもまた、なかなか難しいだろうなと思います。
 

僕は家族として、障害を持つひとが当たり前にいる環境で育ってきたから何も違和感ないですし、家族じゃないひとであっても小さい頃から一緒にいれば普通に一緒にいられると思うんです。発達障害が何なのかよく判らなくても、一緒にいようと思えばいられるし、単純に、色々なひとが普通にいる世の中の方が自分は楽しいと思います。
 

映画を観てもらって、障害のあるひとと全然会ったことはなかったけれど、面白かったと言ってくれるひとも何割かは必ずいますし、障害者が周りにいないというひとでも、この楽しさを感じられるひとはいっぱいいると思いますし、そういうひとと障害のあるひととを繋げることはやっていきたいなと思います。それが今の生き甲斐っぽくなっているので。今の福祉というものをなんかちょっと面白いものにしていけたらいいなと思います。
 

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Plus-handicapでは、赤崎監督をお招きして、
ドキュメンタリー映画『ちづる』上映&トークイベントを開催します!
お時間がある方はぜひお越しください!
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ドキュメンタリー映画「ちづる」上映会&トークイベント
ー障害者と、その家族との向き合い方を考えるー
 

●日時
11月7日(土)14時半〜17時(開場14時)
 

●会場
3331 Arts Chiyoda B105マルチスペース
東京都千代田区外神田6丁目11-14
http://www.3331.jp/access/
 

●当日の流れ
・障害者とその家族というテーマでの話題提起
・『ちづる』上映会(本編79分)
・トークセッション
・質疑応答
 

●トークゲスト
ドキュメンタリー映画「ちづる」監督:赤﨑正和
NPO法人 Collable 代表理事:山田小百合
当日のモデレーター:佐々木 一成(Plus-handicap編集長)
 

●参加費
2000円(当日会場にて)
 

●お申し込み
下記リンクよりお申し込み下さい。
http://kokucheese.com/event/index/342212/

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この記事を書いた人

吉本涼