最高の状況でなくても、最悪でなければとりあえずOKじゃない?若者就職支援協会黒沢さんに聞く「最悪を回避する」という生き方

「最高を目指す」のではなく「最悪を回避する」という考え方を持っていると、生きることが少し楽になると思うんです。
 

そう語るのは、若者の就職支援や高校生へのキャリア授業等を行う「NPO法人若者就職支援協会」代表の黒沢一樹さん。『最悪から学ぶ世渡りの強化書 ―ネガポジ先生 仕事と人間関係が楽になる授業―』が明日7月28日に発売となる黒沢さんに、本書のコンセプトや執筆にあたっての想いをインタビューしてきました。
 

父親が4人、家庭内暴力、いじめ、中卒で就職、突然の半身麻痺、インドネシアで会社から保険金をかけられる、自殺に失敗、転職回数53回、2度の事業失敗。一見すると多くの「最悪」を経験されているように感じる黒沢さんですが、その話を語るご本人からは全くと言っていいほど「最悪臭」「不幸感」が漂ってきません。「自分の想定する最悪以外はとりあえずOK」そんな黒沢さんによる「ネガポジ流」のエッセンスをお伝えします。
 

黒沢さん写真
 

伝えたいメッセージは「頼りなさい」と「常識を疑え」

 

本書は全4章の構成。それぞれ「黒沢さんのバックグラウンド」「仕事・就職に関するアドバイス」「「折れない」ための知恵」「人間関係づくり」について語られています。多くの人に届けられる内容となっていますが、黒沢さんが「この本を手に取ってほしい人」は誰なのでしょうか?
 

若い世代、親世代そして上司世代の方に是非読んでいただきたいですね。子どもや部下が何を考えているのか分からない、相談にのりたいけどどのようにアドバイスや言葉がけをしていいか分からないという悩みを持っている方に読んでほしいです。また、学校の先生、特に教育困難校やいわゆる底辺校に勤める先生には、是非この本を読んで、そのエッセンスを生徒たちに伝えてほしいと思っています。そういう生徒たちにはそもそも「本を読む習慣」がない場合が多いので、その周りにいる大人が本書を読むことで、彼らにこの本のメッセージを届ける機会を増やしたいですね。あとは若い女性です。下心からですがというのは冗談で、彼女たちがいずれお母さんになったときのために、ですね。

 

「最悪」な過去や出来事の捉え方からいろいろなメッセージやアドバイスが出てくる本書。黒沢さんが本書を通して一番届けたいメッセージは「頼りなさい」だといいます。
 

頼る対象は僕でもいいし、他の誰かでもいいんですが、とにかく「人に頼りなさい」ということを伝えたいです。僕が出会う未成年や若者を見ていると、「頼り方を知らない人」が多いなと感じています。実は、先生や支援機関など、周りでは意外と多くのサポートの手が差し伸べられているんです。だけど、当の本人はどう握り返していいか分からずに、「大丈夫だから」と遠慮したり、手を跳ね除けたり背を向けてしまったりしています。上手く人を頼れない人の中には「自分でやらなければならない(=must)」という思い込みがある可能性があって、そのせいで誰も頼れずに壊れてしまう人もいるんです。「私は大丈夫じゃない」「実は苦しい」と誰かに言えることが、手の握り返し方の1つです。そんな「握り返し方」を、この本のエッセンスとして受け取ってほしいですね。

 

黒沢さんが代表を務めるNPO法人若者就職支援協会が行っているキャリア教育の講師陣
黒沢さんが代表を務めるNPO法人若者就職支援協会が行っているキャリア教育の講師陣

 

もう1つ、「常識を疑え」というメッセージも込めています。ここで言う「常識」とは、世間的に当たり前だと思われていることで、「~しなければいけない(=must)」という思い込みを指しています。僕は「mustからの解放」をしたいんですよね。まずは「「~しなければいけない」を辞めましょう」と。インターネットで簡単に情報を手に入れられるようになったことで、たくさんの情報が人を思考停止させています。自分の頭で考えて自分で選択肢をつくっていくために、まずは「目の前にあるものを疑いなさい」と伝えています。「常識だとされているこの考えは本当なのか?」と疑問を持つことができれば、新たな視点が1つ生まれて、自分で考えるようになるんです。出張授業で高校生にも「疑問を持たせること」を意識していますし、本書もその視点を持つきっかけになってほしいです。

 

「これがいい」ではなく「これでいい」という選択

 

本は読む人によってメッセージをどう受け取るかは様々です。著者が伝えたいメッセージとは違うものを受け取ることもしばしば。今回の本を通じて、著者である黒沢さんはどのような変化を促したいのでしょうか?
 

「これがいい」ではなく「これでいい」と思えている状態になってほしいんです。「最高を目指す」のではなく「最悪を回避する」という考え方を知ると、生きることが少し楽になると思っています。「これがいい」というナンバー1を目指すと、裏を返せば「これでなければいけない、嫌だ」という考え方になり、その考え方が選択肢を狭めてしまいます。だから、その最高が現実にならなかったら絶望して「自分はだめだ」と落ち込んだりしてしまう。逆に「これでいい」というのは、ナンバー2やナンバー3でもOK、「最悪」じゃなければなんとかなるという考え方なので、最高を目指すよりも選択肢が無限に広がります。

 

「最高」だったら選択肢は1つで、「最悪以外」だったら1つ以外は全て選択肢になる。それは冷静に俯瞰して考えれば気づけることかもしれませんが、普段の生活に追われていればなかなか気づかないことかもしれません。
 

よく「「最高」を目指すのは駄目なんでしょ?」と言われたりするのですが、目指せるなら最高を目指すことが良いと思います(笑)。ただ、就職や人間関係で行き詰まっていたり、「生きづらさ」を感じたりしている人の多くは「最高」を目指して、たった1つのベストな選択肢を欲しがっている人です。そしてそれは「自分にとっての「最高」」ではなく、世間や周りからの評価に基づいた「最高」である場合が多い。結局、自分で選んでいるようで、周りから選ばされているんですよね。だから、「最高」を目指して上手くいかなかった人の多くが他人や社会に責任を転嫁してしまう事態になります。自分の意思で選択しなければ、キャリア形成も人間関係も上手くいきません。

 

黒沢さんの新刊
黒沢さんの新刊

 

「最高」が自分の意思ではなく世間の目や常識を気にした選択になっていることは、例えば就職活動においてもよく起きている現象だと思います。反対側である「最悪」からアプローチすることは、自分の意思で選択することに繋がるのでしょうか?
 

実際に僕のところに相談に来る学生や若者には、最終的に「自分で考えて行動する」「自分で選択肢を広げて選ぶ」ということが出来るようになるようにアプローチしています。最初に相談に来る時には「自分はなにをしたらいいのかわからない」「自分のどこが駄目なんですか?」と、答えをこちらに丸投げして思考停止している人が多いんですね。それに対して僕は、まずその人の「最悪」を定義するところから始めます。「あなたにとっての最悪な状態ってなに?」「貧乏が最悪、だったら年収どれくらいが最悪?1日いくら使えないと嫌?」といった具合に、「最悪」を切り口に1つ1つの言葉を具体化していくと、その人の心の奥にある本当の想いや願望が顕在化していくんです。結果的には「これが嫌だからこうする」と、自分で考えた中から自分で選択していくようになるんですね。人は自分で選択肢を広げると自分で選びたくなるものみたいです。そして、自分の意志で選択した場合、仮に上手くいかなくても他人のせいにしなくなります。「次はこうすればいいのか」「これを勉強すれば上手くいくかも」と前向きなアフターフォローも自分でやってしまうんですよね。

 

本書を読んでみると感じるのですが、黒沢さんのメッセージには「これでいい」というものが多い中で、「でもここは譲っちゃいけない」というmust感のあるメッセージがある気がします。具体的には「お金」と「仕事」の2つを譲ってはいけないと。「お金を稼ぐ」「会社に属する」という点ではかなりシビアな意見が伝えられています。
 

僕は、安易に「希望だけを伝える」ということは絶対にしたくないんです。資本主義社会の日本では、生きていくためにお金は絶対必要で、お金の稼ぎ方は、独立するよりも会社に勤めているほうが安定的である可能性が高いです。事業を2つ失敗している経験からもそう感じています。独立やフリーランスを否定するわけではないですが、実際それで生きていくことって本当に大変なことが多いです。「独立最高」「フリーランスかっこいい」みたいな空気が根強くあることを感じていますし、NPOの代表や社会起業家の方でも、ネガティブな部分は語らずに「想いがあれば誰でもできる!」と希望だけを見せる人がいる。僕はそこに気持ち悪さを覚えています。

 

黒沢さんの新刊のゲラにあった文言。
黒沢さんの新刊のゲラにあった文言。

 

ネガティブな部分も含めてきちんと現実を伝える必要があると思っています。現実として、お金は必要。そのために仕事はするべき。でもそれだけだと絶望感が漂う話になるので、その後で「でもこんなやり方はできる」と希望も伝えています。わざわざ独立しなくても、会社に属しながらやりたいことをやる方法はありますし。ここでも、それぞれのリスクを踏まえた上で様々な選択肢を並べて選んでもらうことが重要だと思っています。きれいな希望を並べるばかりで「最悪の状態」を想定していないと、起業は必ず失敗しますからね。

 

常に「最悪の状態」を想定するという黒沢さんが生きていく中で想定している一番の「最悪」。それは「孤独」だといいます。
 

仕事上で言えば、会社の通帳の残高が1円単位になっていることですが、僕自身にとって最悪なことは「孤独であること」ですね。周りに人はいるけど、心理的に孤独だと感じている状態。過去にそんな「最悪」の時期がありました。家族とも縁が切れていて、周りの人間や付き合う彼女さえも僕のことを「金を生むマシーン」としか見ていない。それがとても寂しかったんです。昔はかなり尖っていて、20歳くらいの頃は歌舞伎町で目が合った人を殴ったりしていた過去があるんですけど、孤独にならないようにと考えると、言葉を丁寧に伝えるようになったり、無駄に敵をつくらないようにしたりするようになったりと相手との接し方が随分と変わりました。

 

「こんな生き方もある」「自分でも大丈夫かも」と思ってもらえたら本望

 

Plus-handicapだと、社会に存在する「生きづらさ」が全て解消されたら組織を解散したいねと話すことが多いのですが、若者就職支援協会が目指しているゴールはあるのでしょうか。
 

その場合でいくと、うちも「組織解散」がゴールになるのでしょうが、就職や転職、会社の人間関係で困る人がいなくなることは、おそらくないでしょうから「解散」にはならないと思います。若者が0になったら別ですが(笑)。引き続き、苦しい環境にいる人たち、外の環境を知らずに中から出てこられない人たちに対して「こんな生き方もあるんだ」「こんな生き方でもいいんだ」っていうことを伝えていきたいです。転職53回に事業失敗、いろんな過去があった僕だからこそ言えることがあると思うんです。「中卒でこれだけめちゃくちゃな過去をもつ人がこうなれるんだ」と思ってもらえたり、憧れや「最高」の象徴ではなく「あの人程度なら、俺にもなれるかもしれない」というささやかな希望になれたりしたら本望です。出張授業のアンケートでも、僕の話を聞いた感想で「あれだけの状況にいても笑っていられるということは、私も大丈夫かもと思えました」と書いてもらえる時がありますが、そう思ってもらえるだけでも十分ですね。

 

書店に黒沢さんの新書が並びはじめた直近の「最悪」は、本がまったく売れないことかもしれません(笑)。そんな切実な想いをインタビューの最初と最後に繰り返し伝えてくれました。
 

本書はぜひ「書店」にてお求め下さい!Amazonで買うと書店が儲からないんですね。書店が儲からないと出版社が儲からない。逆に書店が儲かれば出版社も儲かって喜ぶ。そうならうと、順調に増版がかかりやすくなります(笑)。黒沢の本なんて買わないよというひとも「町の本屋さんを潰さないために!」という熱い気持ちで書店に向かっていただけると嬉しいです。

 

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今回インタビューをさせていただきながら、4年前、自分が就活生だった頃に、黒沢さんの「ネガポジ流」の考え方を知っていたら良かったなと強く感じました。「理想(最高)の状態」を叶えることが肯定されやすい雰囲気の中、「最悪でなければいい」と教えてくれる存在を必要としている人たちが、実はたくさんいるのではないかと思います。
 

8月4日には、plus-handicap主催のイベント『他人や理想と「比較」するからしんどい ~「自分なりの道」への踏み出し方を考える』で、黒沢さんのお話を聞いたり直接お話してもらったりすることができます。
 

黒沢さんのお話や文章を通して、ぜひ「最悪」を逆手にとった自分らしい生き方を知るきっかけを掴んでいただきたいです。

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この記事を書いた人

真崎 睦美

平成元年生まれのフリーライター。前職は不登校支援の仕事に従事。大学時代は教育の道を志す「the 意識高いキラキラ学生」だったが、新卒入社した会社を2か月でクビになり、その後務めた会社を2か月で退社して挫折。社会人2年間で2回の転職と3社の退職を経験し、自らの「組織不適合」を疑い始めてフリーに転身する。前職時に感じた「不登校生は〇〇だ」という世間的イメージやその他の「世にはびこる様々な偏見」を覆していくべく、「生きづらい」当事者や支援現場の声や姿を積極的に発信していく予定。人生の方向性は絶賛模索中。