希少難病と闘うアーティストから伝わってくるパワー。RDRDフェスタレポート。

こんにちは!ステッキアーティストの楓友子(ふゆこ)です。
 

私のステッキ仲間である、筋ジストロフィーシンガーの綾子さんの歌を聴けるチャンスがあるらしいということを聞きつけ、「RDRDフェスタ」へ行ってきました。これは、RDRDサポーターズのみなさんが開催するフェスタで、と言っても分からないことがたくさんだと思いますので、まずRDRDってなに?というところからご説明させていただきます。
 

RDRDとは、Rare Disease & Real Desire(希少難病と真の願い)の略称です。希少難病は世界中に6000~8000種類もあり、そのほとんどに確立された治療法がないと言われています。医療機関からたらい回しにされ、公的なサポートも受けられていないという現状を知り、一般社団法人RDRDサポーターズのみなさんは、その実態を多くの人に知ってもらおうと活動をしている団体。彼らの合言葉は「小数点以下に興味を持ち、自分の望みとチャンスを無視しない!」です。
 

RDRDフェスタのパフォーマーのみなさん
RDRDフェスタのパフォーマーのみなさん

今回のイベントは、
1.ほんとうに役立つ希少難病情報データベースを作るために、希少難病当事者およびご家族からの生の情報をできるだけたくさん集めたい。
2.内に閉じこもりがちな当事者ご家族の皆さんが疾病の垣根を越えて集まり楽しんでもらいたい。そして皆が出演者のようになれる事を知ってもらいたい。
3.健常者と思っている我々も、いつこのような病に襲われるかもしれないということを知り、輝く彼らと共存することで彼らの生きるパワーをもらいたい。
という3つのゴールを掲げて開催されました。
 

今回のイベントにはなんと15名もの出演者さんが登場。慶応大学看護医療学部の加藤眞三教授、車椅子シンガーのClaire(くれあ)さん、耳を引っ張るだけで健康になる?!神門堂主催の飯島敬一さん、バルーンアートの和田美紀さん、筋ジストロフィーシンガーの綾子さんなど、様々なジャンルで活躍されている方ばかりでした。全員ご紹介させていただきたいところですが、長くなりますのでちょっとだけ、ご紹介させていただきます。
 

車椅子シンガーのClaireさんは、19歳の女の子。シンガーソングライター、そしてネットアイドルをしています。
 

Claireさんは原因不明の難病を患っています。最初にもらった診断名は「脊髄小脳変性症の家族性痙性対麻痺(複合型)」でしたが、こんな進行の仕方をする患者は見たことがないということで、結局は原因不明のまま。言語障害、呼吸障害、嚥下障害、視覚障害、認知症・記憶障害・思考障害などの様々な精神障害、その他もろもろ。現在、世界で症例が無い病気だそうです。
 

シンガーのClaire(くれあ)さん
シンガーのClaire(くれあ)さん

 

しかしそんなことを感じさせないくらい、Claireさんは、笑顔がとってもキュート。本当は、そもそも発声が困難な状態なのだそうですが、ギターの奥野裕介さん、バイオリンのASHさんと一緒に、めいっぱい歌って、笑ってらっしゃいました。
 

車椅子ダンサーのJunkoさんは、車椅子ユーザーさんでありながら、まさかまさかの、立って踊られてました!杖もつかずにです!これには私もビックリ。上半身だけ動かすのではなく、ちゃんと足でステップを踏むんです。赤い布をはためかせ舞う姿は本当にお綺麗で、13個もの補助具を使って生活をしている方とはとても思えない素晴らしいダンスでした。ダンスしてみたいなぁと思いながら杖を言い訳に挑戦せずにいる自分が、恥ずかしくなっちゃいました。
 

ダンサーのJunkoさん
ダンサーのJunkoさん

 

そしてついに筋ジストロフィーシンガーの綾子さんの出番が!
 

綾子さんが進行性の難病・筋ジストロフィーだと診断されたのは、20歳の頃。同時に「10年後には車椅子、その先は寝たきり」と医師から告げられます。人生のどん底を感じながらも「元気でいられる時間が限られているなら、今を全力で楽しく生きていこう」と決めて、現在は「筋ジスと闘い歌う」と掲げてイベント、学校、病院、老人ホームなどで講演ライブを行っています。
 

今回のイベントでは坂本九さんの『上を向いて歩こう』、ギターの山田賢明(よっしー)さんのソロ曲、よっしーさんが綾子さんにプレゼントした曲、そして綾子さんが同じく筋ジストロフィーの方からいただいた曲の、計4曲を披露してくださいました。1曲1曲、その曲のエピソードを添えながら歌ってくださったので初めて聴く曲でもすっと心に降りてきました。というか私は1曲目から既に泣きそうでした。
 

数少ないステッキ女子仲間である綾子さんは私にとって、強くて、芯がしっかりしていて、かっこいい女性。でもそれは、たくさんのことを乗り越えてこられた綾子さんだからこその強さなのだなと思います。
 

綾子さんと私
綾子さんと私

 

小学校の頃からだんだん歩き方がおかしくなったり、走るのが遅くなったり、周りと違っていく自分に気づいていったという綾子さんですが、病名を診断されたのは20歳の頃。つまり綾子さんは、それまで10年以上も「何か違う。けれども、なぜなのかはわからない」状態だったわけです。
 

自分の例で恐縮ですが、私は小さい頃から背中に大きなあざがあって、それをとるための手術を数回行いました。手術の度に、その後一定期間、走ってはいけない、背中を曲げてはいけないなどの規制がありました。当たり前に走りまわっている友達たちをいいなぁと眺めたこと、みんなが鬼ごっこに行くときに「ふゆちゃんは今走れないんだよ。誘ったらかわいそうじゃん。」と言われたこと、私の中で悲しい思い出として残っています。
 

綾子さんにとって、『上を向いて歩こう』は、小学校からの帰り道を思い出すそうです。友達に「あやこの歩き方、変だね」と言われて悲しくて、でも泣かないように、上を向いて帰った夕暮れの帰り道を。そんなお話を聞いたあとに綾子さんの歌声を聴いたら、そりゃあ泣けてもくるわけです。
 

そして2曲のオリジナル曲があり、最後の4曲目の『うれし涙が止まらない』。これは、同じく筋ジストロフィーのエイジさんが、綾子さんに託した歌で、彼女がシンガーとしての活動をはじめるきっかけとなった歌です。
 

エイジさんとの出会いについて、綾子さんはこんなことを話してくれました。
 

エイジさんは私よりも重い型の筋ジストロフィーで、数十年間もベッドの上で生活をしていて、動くのは指先だけという状態で、私にメッセージを送ってくれました。『私は作詞作曲をしているから、同じ病気のあなたにぜひこの歌を歌ってほしい。一緒に活動をして、病気の人や、障害をもっている人たちをもっともっと元気にしていこう。』と。私、病気になって、それまで、夢とか持てなかったんですよ。だって、みんなと違うから。だって、やりたいことがあっても、私の体はどんどん動かなくなっていくし、そんな状態でどんな夢が持てるんだって、そんな風にやさぐれていました。

 

シンガーAYAKOさん
シンガー綾子さん

 

でも、エイジさんに『一緒に活動しよう』って言われたときに、すごく嬉しかったんです。私にもできることがあるんだって、これを夢にしていこうって、思ったんです。残念ながら、エイジさんは、その約束をした次の月に、亡くなってしまいました。最初はすごく落ち込んだけど、エイジさんが望んでいることって、エイジさんがつくったこの歌をもっともっとたくさんの人に聴いてもらうことじゃないかって思いました。へこんでる場合じゃない。エイジさんのためにもこの曲をみんなに聴いてもらおう!と活動を始めました。この歌は、エイジさんの生きる喜びがぎゅっと詰まっている歌です。

 

『うれし涙が止まらない』には、こんな歌詞があります。
 

「うれし涙が止まらない 出会いがまたひとつ
 そのたびに強くなれる 今日まで生きてきて良かった」
 

生きていて良かった。綾子さんの歌声を聴いたら、きっとみなさんも、この気持ちを感じ取ってもらえると思います。7月19日に開催するPlus-handicap PARTYでは、綾子さんのライヴが行われます。ぜひみなさん、遊びに来てくださいね!

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この記事を書いた人

楓友子

21歳のときに交通事故に遭い、脊腰椎骨折、大腸破裂などの重傷を負い、杖が必要な生活となる。市販の高齢者向けの地味な杖を使うのが嫌で、2011年9月、24歳で独自ブランド「Knock on the DOOR」を立ち上げ、自身で装飾をした杖のインターネット販売を始めた。自分が嫌いで死にたいと思っていたが、事故を通じ「生きてるって奇跡なんだ」と知り、いのちへの考え方が180度転換。日本で唯一のステッキアーティストとして活動するかたわら、「生きるをもっと楽しもう」というメッセージを伝える活動も行っている。